戦時ほうふつ?安倍政治の「空気感」
(東京新聞【こちら特報部】)2016年12月22日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2016122202000152.html
事実性も論理性も欠いた臨時国会が17日、閉幕した。冒頭の首相の所信表明での自民党議員らによる起立と拍手。このシーンに象徴された国会だった。だが、そんな内輪のノリは外交には通じない。安倍首相は次期米大統領のトランプ氏、ロシアのプーチン大統領に軽くあしらわれた。それでも政権の支持率は高い。それはなぜか。事実より、戦時中のような「空気感」の支配が強まっていないか。
(安藤恭子、三沢典丈)
論理性欠く法案
次々と採決強行
外交空回りも高支持率維持
「この瞬間も海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が任務に当たっています。彼らに対し、いま、この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」
臨時国会はこの首相の呼び掛けに応じた自民党議員らの「スタンディングオベーション」から始まった。その後、法律の制定を根拠づける立法事実も、納得できる道理も乏しい法案の採決が次々と強行された。
代表例が環太平洋連携協定(TPP)だ。発効には国内総生産(GDP)の合計が85%以上を占める六ヵ国以上の合意が必要。しかし、その六割超を占める米国の次期大統領であるトランプ氏が就任直後の離脱を明言し、発効の見通しがないのに採決された。
カジノを含む「統合型リゾート施設(IR)」整備推進法もそうだ。ギャンブル依存症を防止するとの修正文言を入れて成立したが、現行の刑法はカジノを賭博として禁じている。
依存症の「害」を認めつつ「経済成長の起爆剤」として合法化するのは、かつて市販されていた覚醒剤の宣伝文句「(商品名のヒロポンで)体力の亢進」と重なる。カジノ推進派のパチンコ企業が、法案提出議員のパーティー券を大量購入していた問題も発覚した。
年金支給額を抑制する新ルールを盛り込んだ年金制度改革関連法では、支給額の見通しが示されず、不安を残した。制度の調整弁として、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の積立金があるはずだが、株式運用比率の倍増で、二〇一五年度には約五兆三千億円の損失を出した。
審議で、安倍首相は「短期的な評価損をことさら取り上げて、年金制度への不安をあおることは慎むべきだ」と答弁したが、運用リスクは到底消えない。( ̄^ ̄)凸
ただ、こうしたむちゃは世界には通用しない。トランプ氏は首相と面会した四日後にTPP離脱を表明した。プーチン大統領との会談では、北方四島の領土問題が進展しないどころか、合意した「共同経済活動」はロシア法の下で実施することが強調され、「不法占拠」としてきた従来の日本の立場も覆されかねない。
会談前の今月七日には、シリア北部アレッポの情勢を巡り、米国と英独仏伊、カナダの六力国首脳が、即時停戦を求める声明を出した。アサド政権と後ろ盾のロシアとイランを批判したが、先進七力国(G7)の中で日本だけが外れた。
山本有二農相がTPP承認案の強行採決に触れて批判を浴びた後、自らの発言を「冗談」と称するなど、閣僚の放言も相次いだ。
だが、内閣支持率は依然として高い。日口首脳会談後の十七、十八日に共同通信社が実施した全国電話世論調査によると、支持率は前回十一月より5・9㌽下落したが、54・8%。この「空気感」はなんなのか。
「言い換え」駆使 印象操作?
「新基地建設」ー「移設」
「武力紛争」ー「武力衝突」
「空気感」を支えている一つは「言い換え」という印象操作にありそうだ。
安倍政権は武器輸出三原則を覆し、武器輸出を解禁したが、新たに閣議決定したのは「防衛装備移転三原則」だった。安保関連法も反対派は「戦争法案」と批判したが、政府は「平和安全法制」と名付けた。
自衛隊が派遣されている南スーダンで今年七月、政府軍と反政府軍の戦闘が起きた際も、稲田朋美防衛相は国会答弁で「武力衝突」と主張し、撤退条件となる「武力紛争」であることをかたくなに否定した。
犯罪計画を話し合うだけで処罰対象とする共謀罪法案も「テロ等組織犯罪準備罪」と名称を変え、次期国会に提出されそうだ。
沖縄県名護市辺野古沖の米軍基地建設計画も、建設反対の県側の認識は「新基地建設」だが、政権は「移設」と譲らない。十三日に起きた米軍輸送機MV22オスプレイの事故も、政府は「不時着」としている。
これらは戦時中の「大本営発表」を想起させる。
日本軍の敗走を「転進」と表現、全滅を「玉砕」と美化して広報した。この印象操作は当時、大半の国民の目をくらましたが、こうした客観的事実や論理よりもムード(空気)優先という「空気感」による世論支配が現在、再び社会を覆いつつあるのではないか。
東京大の高橋哲哉教授(哲学)は「いまは次に起こる戦争の『戦前』ではないか」と危機感を募らせる。
「安倍政権の全体主義的傾向は強まっている。やりたい放題やっても国民からの抵抗がほぼない現在、中国と尖閣諸島問題などでもめれば、九条改憲まで突っ走っても不思議ではない」
高橋教授は日本人を包んでいる現在の空気を「明治以来のお上にまかせるしかないという根強い意識」と指摘し、先日、来日したベラルーシのノーベル文学賞作家、スベトラーナ・アレクシエービッチ氏の発言である「(全体主義の時代が長かったベラルーシと同じく)日本には抵抗の文化がない」を重く受け止める。
変わらぬ一億総懺悔「声上げ。現状変革を」
戦前は空気にのまれて、無謀な戦争に走ったが、戦後、初の内閣を率いた東久邇宮稔彦首相は天皇への戦争責任追及を避けるため、国民に「全国民総懺悔をすることがわが国再建の第一歩」と呼びかけた。
この「一億総懺悔」論は戦争責任を戦前の国家指導部から国民へ転嫁する論理だったが、当時の大半の国民はさして抵抗することなく受け入れてしまった。
「現在も沖縄県民や本土で抵抗する一部の勢力を除けば、国民の大半はお上のやることを追認している」
「一億総懺悔」は過去の話ではないという。高橋教授は福島原発事故を「第二の敗戦」と規定する。
国や東電の事故責任は依然として曖昧なまま、二十一兆円にまで膨らんだ廃炉までの処理費用は税金や電気料金の形で国民に転嫁されようとしている。ツケ回し以外の何物でもない。
「この構図は先の戦争とその責任処理とまったく同じだ。次の戦争も責任は国民に押しつけられる」
戦前と酷似している政党政治の崩壊
そこに付け込む大ボラ吹き首相とその尻馬に乗って弱者を邪魔者にする社会風潮の恐ろしさ
2017年
全体主義が
一気に加速化の恐れ
(日刊ゲンダイ)2016年12月24日
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/196478
不気味な凪だ。内政も外交も失敗続きなのに内閣支持率は高止まり。世論調査では、何の成果もなかった日ロ首脳会談や、悲劇を政治利用するヨコシマな真珠湾慰問を「評価する」という声が多数を占める。健全な批判を忘れた社会が道を誤るのは世の常だ。年の瀬に2017年の行方を占おうにも、不穏なムードが漂うばかりなのである。
「安倍首相の失態を厳しく糾弾しないメディアの弱腰も問題ですが、それに乗じて、安倍首相は言いたい放題、やりたい放題を繰り返してきた。そんな自己満足の政治ごっこを止められない野党の体たらくもあり、国民は政治に期待を持てなくなっています。野党がマトモに機能せず、メディアはカラスをサギと言うがごとき安倍政権のデマ宣伝を無批判に垂れ流す。それで国民が思考停止に陥っている現状は、戦前とそっくりです」(政治評論家・森田実氏)
戦前の日本は、政友会と民政党が汚職を繰り返し、スキャンダル追及とポピュリズム政治に走った結果、国民の政治不信を招いた。その隙をついて右翼が台頭、軍部の暴走を許し、不幸な戦争に突き進んだことは知っての通りだ。
今の国会を顧みれば、野党のフリをしていた維新の会がロコツに与党化し、弱小野党から自民会派入りする議員が後を絶たず、最大野党の民進党にも自民シンパがウヨウヨ。さらにはメディアも財界も安倍政権に尻尾を振るおぞましさで、戦前戦中の大政翼賛体制と何ら変わりはないのだ。
「圧倒的な数の力を持つ巨大与党を前に、野党にできることはかぎられていますが、野党だけではなく、自民党もだらしがない。安倍首相に誰も逆らえず、与党も国会も、官邸の意向を追認する下請け機関に成り下がってしまった。安倍政権は、外交も経済政策も税制も官邸が決めるから、黙って従えという態度で強行採決を繰り返す。異論を封殺し、最後は数の力で押し切る多数決は、民主主義を騙った全体主義でしかありません。安倍首相は自分が何でも勝手に決められると勘違いし、国会軽視は看過できないレベルになっている。国会軽視はすなわち国民軽視です。政党政治が崩壊し、議会が機能しなくなれば、民主主義国家とは言えないのです」(政治評論家・本澤二郎氏)
大衆の鬱憤が社会的弱者に向かうとファシズムが台頭
過去にも強権的な政権はあったが、ここまで国民を愚弄し、軽視する政権は初めてだ。小泉政権時代も新自由主義で格差が拡大したが、当時はまだ“弱者切り捨て”で済んでいた。もちろん、それも許しがたいことだが、今は弱者が批判される。社会のコスト扱いされ、生活保護や社会保障に頼らざるを得ない弱者が糾弾される社会に変質してしまった。
この風潮は、ナチスの優生思想に通じるものがある。そこが恐ろしい。大衆の鬱憤が社会的弱者に向かう時、「現状を打破してほしい」という願望がファシズムを支持してしまうことがあるからだ。自分たちの生活が向上しないのは政治の責任なのに、弱者ほど強権的なリーダーを渇望するというパラドックス。自分より弱い者を叩き、独裁者にアイデンティティーを委ねようとする。それが米国のトランプ次期大統領であり、欧州での極右台頭であり、この国の安倍一強を支える源流なのである。
対抗勢力がなく、強いリーダーを装ってさえいれば支持されるのだから、そりゃあ安倍はラクだ。失敗が明らかなアベノミクスを「道半ば」と強弁し、政策ミスは「新しい判断」や「新しいアプローチ」の言葉遊びでケムに巻く。言ったもん勝ちの大ボラが許されてしまう。
「独裁首相が憲法も無視して間違いを犯していても、議会はロクに批判ができず、メディアも報復を恐れて政権の顔色をうかがっている。いまや内閣法制局まで政権の手先になっています。その結果、日本経済はどんどん悪くなり、国際社会でも孤立し始めている。もっとも、いくら国会で圧倒的多数を握っていても、反対の国民世論が沸騰すれば、権力も好き勝手はできないものです。2017年こそはアベ的なものと決別しなければならない。黙っていたら、全体主義が一気に加速化してしまいます」(森田実氏=前出)
大衆を支配下に置き、完全に操るための最善の方法は、ほんの少しずつ自由を奪い、気づかれないほどの小さな形で、その権利を蝕んでいくことである。これらの変化が元に戻すことのできない地点を過ぎた時、彼らは初めて気づくのだ――。ヒトラーが残したこの言葉が、日本の現在進行形を言い得ているのではないか。引き返すなら、今が瀬戸際だ。本当にこの流れでいいのか、国民は真剣に考える必要がある。
「安倍政権はどんなケツでもなめます」
白井聡
(日刊ゲンダイ)2016年12月24日
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/196462
このままでは、2017年は「世界は変わるけど日本は変わらない」ということになる可能性が高いですね。
ブレグジット(英国のEU離脱)やトランプ大統領の当選で、従前のグローバリズムはもう限界、という意思表示がなされた。ではこの先、世界はどこへ着地していくのか、日本はトランプ大統領の米国とどう向き合うのか、ということですが、そこでおかしいのは、日本では常に議論が逆立ちしていることです。「米国がどうなりそうだから」という話ばかりで、「我々がどうしたいのか」という議論が一切ない。本来、「我々がどうあるべきか」が先でしょう。
安倍首相がトランプ氏のところに一目散にすっ飛んで行ったことが、象徴的です。結局、我が国は誰が米国の大統領になろうが全く変わらない。「どんなケツでもなめます」ということを今回証明してみせました。
対米従属はますます露骨になる
トランプ体制では米国への従属がますます露骨になるでしょう。例えばTPP。本丸の米国に梯子を外され、極めて滑稽なのですが、ではTPPがなくなってよかったと言えるかというと、そうならない。おそらく米国は2国間FTA(自由貿易協定)で、日本国民の有形無形の富を吸い上げる姿勢をより鮮明にしてくる。今の政府はそれを押し返せやしないし、その意思もない。むしろ無理な要求でも全てのんでいくことが国益になると思っている節すらある。つまり、米国への従属性がさらに表面化するということです。
安倍政治の行き詰まりは、内政外交全般にわたっていよいよ明確になってきました。アベノミクスは旗振り役が白旗を揚げるような状態です。外交では、私は日ロ交渉にとても注目していたんです。「永続敗戦論」を2013年に出版してから今まで、あの本で示した展望(耐用年数の切れた戦後レジームの無理やりの死守)から外れたことは何一つ起きていません。もし日ロが平和条約締結に向かうのなら、あの本で説明できないことが初めて起こることになり、実に興味深いと思っていました。しかし、驚くほど何もなかった。外交面での行き詰まりも明らかで、安倍政権はもう叩き壊す以外にない。
では、どうしたら政権を崩すことができるのか。内閣支持率は高止まりしていますが、消極的に支持されているにすぎず、争点さえハッキリさせれば与党側は強くないことが、例えば新潟県知事選挙などで証明されています。自民と公明の協力関係も、都政やカジノ問題などでほころびが生じてきました。もっとも、誰が安倍首相にとって代わるのかといえば、今の民進党の中心にいる勢力にその力はない。やはり、新しい政治勢力が出てこないとダメだと思います。
ただ、橋下徹氏のような単なる人気者ではダメ。レジーム転換のビジョンを持った人でなければ。例えば、前新潟県知事の泉田裕彦氏など、新たな旗印になり得る人は、政治の世界に何人かはいると思っています。
言論統制
反グローバル化で、世界が分断され排外主義が進む
歴史が証明「まさか」に警戒すべし
浜矩子
(日刊ゲンダイ)2016年12月24日
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/196464
世界の分断と排除の論理がさらに進むのかどうか─。来年は分岐点となるのではないでしょうか。
それは2つの観点から言えます。ひとつは、米国のトランプ次期大統領に代表されるポピュリズムの台頭であり、反グローバルの旗印があちこちであがっていることです。イタリアで「五つ星運動」がどれだけ勢力を伸ばすのか。オーストリアは大統領選ではとりあえず極右の勝利は免れましたが、次はどうなるかわからない。仏ではルペン党首の「国民戦線」が勝利するのかどうか。独ではメルケル首相が勝ち抜くと思われているものの必ずしも断言できる状況ではなく、極右政党の「ドイツのための選択肢」が伸長すると展望されている。反グローバルの名の下に、極右排外主義的な政治社会傾向がぐっと強まる方向に行ってしまうのかどうか。
2つ目は、金融環境が大きく変わる気配のあることです。トランプ新政権で財政大盤振る舞い体制に入るので、米国は出口のドアを開けることのできなかったゼロ金利の世界から、強制的に引っ張り出されることになります。米国が金利をグッと引き上げる方向に動けば、世界中のカネが米国に吸い上げられる。そうなると、各国が自己防衛のためにこぞって資本の流れを規制し始める。経済の反グローバルです。特にトランプ氏はTPPではなく2国間の通商協定と言っています。これはブロック経済構築の流れに近くなるんですね。戦間期の時代模様に逆戻りということになってしまいかねません。
「反グローバル」って実に質が悪いんです。グローバル化が人間を不幸にする、格差や差別、貧困を生んでいる、という感覚を世界の市民が持ってしまっている。しかし、実際はグローバル化は単なる現象であり、格差や貧困を阻止できないのは、国家の対応のまずさや無力が根源的な問題です。グローバル化にうまく対応すれば、国境を超えた幅広い共生を実現できるのです。ところが、グローバル化=悪になってしまっているので、結果的に右翼や排外主義者にお墨付きを与えている。これはとても危険なことです。
さらに厄介なのは、グローバル化を利用して自分たちだけが勝者になろうとする新自由主義者の存在です。悪いのは新自由主義であって、人・物・カネが国境を超えて出あったり、結びつくことが内在的に悪だとは言えない。むしろ引きこもって外から人を入れない方が悪だと言ってしかるべきです。ここに「ねじれ」が生じている。「グローバル化」に対するきちんとした仕分けが改めて必要だと感じています。
いずれにしても、最も悲観すべき状況になる可能性はある。警戒しなければならないのは、「まさか」という言葉です。「まさか、そんなことはないだろう」と思っても、「まさか」は必ず起こる。歴史が我々に示してくれています。
岸信介と孫の安倍晋三
「日本スゴイ」ブームを斬る
(東京新聞【こちら特報部】)2016年12月23日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2016122302000171.html
テレビや本は今年も「日本スゴイ」の称賛であふれ返った。伝統文化もハイテクも全部スゴイ! テレビ各局が力を入れる年末年始の特番も日本礼賛のオンパレードである。だが、ちょっと待て。自己陶酔の先には何が待っているのか。この間、「世界の報道自由度ランキング」などで日本メディアの評判は下落の一途をたどった。戦時下の日本でも「世界に輝く日本の偉さ」が強調され、やがて破局を迎えた。タガが外れ気味の「スゴイブーム」を斬る。
(白名正和、池田悌一)
年末年始の特番でも目白押し
外国人に褒めてもらい、良さ「新発見」
十七日夜、「世界が驚いたニッポン! スゴ~イデスネ!! 視察団」(テレビ朝日)の四時間スペシャルが放送された。「外国人ジャーナリストが世界に伝えたい! 日本のスゴイところベスト50」と銘打ち、電車やトイレ、自動販売機などを紹介した。この手の番組では、外国人に褒めてもらうのがパターンだ。
通常は土曜日夜の一時間枠。番組ホームページ(HP)は「日本人でも知らなかった”日本の素晴らしさと独自性”を新発見でき、もっと日本が好きになれるバラエティです」とうたう。ビデオリサーチ社(関東地区)によると、直近の平均視聴率は12・9%で、「その他の娯楽番組」では「笑点」(日本テレビ)「ブラタモリ」(NHK)などに次いで七番目に高い数字だった。
年末年始は「スゴイ」番組が花盛り。二十九日には、日本が大好きな外国人に密着する「世界!ニッポン行きたい人応援団」(テレビ東京)の三時間スペシャル。一月三日には、文化や人情を通して日本の良さを再確認する「和風総本家」(テレビ大阪)の二時間半スペシャルが控える。
出版界でも日本礼賛が定着した。紀伊国屋書店の新書ランキング(過去三十日間)の八位は「財務省と大新聞が隠す本当は世界一の日本経済」(講談社)、十一位は「世界一豊かなスイスとそっくりな国ニッポン」(同)が入る。十一~十二月には「JAPAN外国人が感嘆した!世界が憧れるニッポン」(宝島社)、「なぜ『日本人がブランド価値』なのか―世界の人々が日本に憧れる本当の理由-」(光明思想社)などが相次いで出版された。
「日本スゴイ」は、社会の閉塞感の裏返しか、自信回復の表れか、はたまた排外主義や偏狭なナショナリズムの反映か。NHK放送文化研究所が五年ごとに実施する「日本人の意識」調査では、最新の二〇一三年の調査で「日本人は、他の国民に比べて、きわめてすぐれた素質をもっている」と答えた人は67・5%、「日本は一流国だ」は54・4%で、いずれも前回○八年調査から増えた。
上智大の音好宏教授(メディア論)は「社会が閉塞する中で、日本をポジティブに紹介してくれる番組を視聴者が選ぶ状況になっている」と分析する。
一方、出版人らでつくる「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」事務局の岩下結氏は、「スゴイ」ブームの起点を3・11に置く。「原発事故によって日本の技術がこてんぱんに打ちのめされたが、いつまでも引きずっていたくない。被害妄想からまず嫌韓本が広まった。これが批判を浴び、置き換わる形で一五年ごろから日本礼賛本が目立ってきた」
岩下氏は自己愛に浸るメディアの風潮に危機感を抱く。「言ってほしいことを確認することが目的になっている。自らを客観視できないことは非常に危険だ」
自身のなさの裏返し
満州事変にルーツ・バブル崩壊後再び台頭
政権の抑圧的な姿勢一因
「まず政治が変わって」
メディアが日本礼賛に走るのは、今に始まったことではない。
「『日本スゴイ』のディストピア 戦時下自画自賛の系譜」(青弓社)の著書がある編集者の早川タダノリ氏は「一九三一年の満州事変にルーツがある」と指摘する。
満州事変をきっかけに、三三年の国際連盟脱退など国際社会からの孤立を深めていった日本政府は、天皇中心の国家統治を前面に打ち出す。「当時のメディアは『次のトレントは日本主義だ』とにらみ、『神の国日本はスゴイ』とPRする出版物を垂れ流すようになった」(早川氏)
「日本の偉さはこゝだ」「日本人の偉さの研究」「天才帝國日本の飛騰」「日本主義宣言」-。雑誌や書籍のタイトルを見ると、気恥ずかしくなるほどの礼賛ぶりである。最近の「日本スゴイ」ブームと同様、外国人が日本をたたえる内容は人気が高く、ナチスの青少年団体「ヒトラーユーゲント」が三八年に来日した際、「日本精神のいかに美しいかを体得した」などと発言したことが、大きく報じられたという。
早川氏は「読者も自分が素晴らしい国で暮らしていると確認したかったからか、よく売れた。それまでは日本主義を批判する学者もいたが、官民を挙げたムードがあまりにも強まってしまったため、批判勢力が市場から締め出された。第二次世界大戦に突っ込んでいった一因とも言える」と解説する。
敗戦とともに「日本スゴイ」の嵐は過ぎ去り、六〇年代の高度経済成長期も乱用されるようなことはなかった。ところがバブルが崩壊した九〇年代、再び頭をもたげてきた。前出のNHK調査によれば、「日本人はすぐれた素質をもっている」と考える人の割合が減少を続けていた時期と重なる。早川氏は「政治家が『日本人としての誇りを取り戻せ』と振った旗に、メディアが呼応するようになった」とみる。
そして二〇〇六年に誕生した第一次安倍政権で「美しい国」が連呼され、改正教育基本法に「愛国心」が盛り込まれたことで「愛国心を強調する出版物が再びあふれ返るようになった」(早川氏)。
まさに今、安倍政権下で「日本スゴイ」ブームが吹き荒れている。しかし、世の中を見渡せば、貧困・格差の深刻化、アベノミクスの迷走などなど「スゴくない」話ばかりだ。
メディアの問題について言えば、権力監視機能の不全が叫ばれて久しい。国際NGO「国境なき記者団」による「報道の自由度ランキング」で、日本は一〇年は十一位だったものの年々下落。一五年は六十一位、今年は七十二位に沈んだ。
「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」の中心メンバーでもある中野晃一上智大教授(政治学)は「日本の経済は低迷を続けており、国内総生産(GDP)は中国に追い抜かれ、一人当たりGDPは韓国に迫られている。自信が持ちにくい国になっている裏返しとして、聞き心地のよい言葉がもてはやされているのでは」と分析した上で、安倍政権に矛先を向ける。
「国会で強行採決を繰り返す安倍政権の抑圧的な姿勢は、国民の尊厳を傷つけ続けている。一人一人が大切にされていると思えるような社会になれば、『日本スゴイ』なんて言わなくても済むようになるはずだ」
国立青少年教育振興機構が昨年公表した調査では、「自分はダメな人間だと思うことがある」と回答した高校生が72%。若年層は自己肯定感が低いのに「スゴイ」だけが上滑りしている。中野教授は警告する。
「自分たちの弱さや限界を受け止めるのが先決。それなのに本質から目を背けて『スゴイ』と強がらないと、生きにくい社会になってしまっている。まず政治が変わらないといけない」
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事象の地平線のように…(´・_・`)
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