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Channel: 私にとって人間的なもので無縁なものはない
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これだけひどい目にあったのだから、立ち上がらないわけにはいかない!

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ままへ。いきているといいね おげんきですか
ままへ。いきているといいね おげんきですか


映画『1000年後の未来へ -3.11保健師たちの証言-』予告編

http://youtu.be/rkaqmu1XIvU
1000年後の未来へ -3.11保健師たちの証言-
http://311hokenshi.main.jp/film.html


Japan marks 6 months since earthquake, tsunami
(The Sacramento Bee)October 14, 2013
http://blogs.sacbee.com/photos/2011/09/japan-marks-6-months-since-ear.html
東日本大震災後6ヶ月の変化
古いですが、感動的なのでご紹介します。

震災直後、3ヶ月後、半年後の定点観測写真です。

東日本大震災6ヶ月の変化_1
宮城県仙台市若林区

東日本大震災6ヶ月の変化_2
宮城県気仙沼市鹿折の第18共徳丸(現在は撤去されています)

東日本大震災6ヶ月の変化_3
宮城県気仙沼市

東日本大震災6ヶ月の変化_4
宮城県名取市

東日本大震災6ヶ月の変化_5
宮城県石巻市

東日本大震災6ヶ月の変化_6
岩手県上閉伊郡大槌町の遊覧船はまゆり号

東日本大震災6ヶ月の変化_7
宮城県岩沼市

東日本大震災6ヶ月の変化_8
岩手県上閉伊郡大槌町

東日本大震災6ヶ月の変化_9
宮城県気仙沼市

東日本大震災6ヶ月の変化_10
宮城県仙台空港

東日本大震災6ヶ月の変化_11
宮城県石巻市

東日本大震災6ヶ月の変化_12
宮城県東松島市

東日本大震災6ヶ月の変化_13
福島県相馬市松川浦漁港

東日本大震災6ヶ月の変化_14
岩手県陸前高田市

東日本大震災6ヶ月の変化_15
福島県いわき市


東日本大震災4年
被災地で何が復興して何が進んでいないか
(東京新聞)2015年3月8日
被災地で何が復興して何が進んでいないか_1

被災地で何が復興して何が進んでいないか

被災地で何が復興して何が進んでいないか_2


東日本大震災4年
被災地はいま
(しんぶん赤旗)2015年3月5~11日

 東日本大震災から11日4年がたちます。しかし、多くの被災者は生活再建が進まず、いっそう苦しい状況に置かれています。その実態と復興への課題に迫ります。

仮設住宅のカビで発病

仮設住宅のカビで発病

 避難生活が長期化する仮設住宅では、構造上の欠陥がより深刻な問題になり、被災者の健康を害す事態が起きています。
 結露が多く、湿気がこもりやすいため、室内に大量のカビが発生。カビが原因で病気になるなど、健康被害も出ています。

 せきと呼吸困難

 宮城県石巻市の樋口敏雄さん(66)は、仮設住宅に入居後の2011年冬から、激しいせき、呼吸困難に苦しみました。
 医師から処方された錠剤や吸入薬を示し、「一時は死ぬかと思った。これからずっと薬を飲んで暮らす。悔しいよ」と訴えます。
 震災から2年たった13年5月、一睡もできないほど症状が悪化。あまりに強くせき込んだために目の周りの細かい血管が切れ、顔がどす黒く変色しました。
 妻、恵さん(55)は、「津波に流されながらも助かった命。こんなことで殺されてたまるかと必死でした」。
 のちに分かった病名は、「アレルギー性気管支肺真菌症」。悪化すると酸素吸入を欠かせなくなり、命にかかわる病気です。
 国立医薬品食品衛生研究所の渡辺麻衣子博士(衛生微生物部第三室長)は、樋口さんの病気を「仮設住宅のカピが原因と証明された」と説明します。
 渡辺博士が代表研究者を務める厚生労働省研究班は、樋口さん宅の畳の裹から大量のカビを発見。樋口さんのアレルギー反応も検査し、病気の原因だと突き止めました。
 さらに研究班が昨年、石巻市内の仮設住宅を対象に実施した集団検診では、受診した約340人のうち約2割にぜんそく症状がありました。数字の評価は分析中ですが、過去の非被災地での調査で有症率が1割未満となっていることと比べて高い割合でした。
 私たちの生活に身近なカビ。なぜ仮設住宅では問題になるのか-。
 渡辺博士は「仮設はカビが大量にはえる条件がそろっている。身近な種類のカビも、たくさん吸入し続けると病気になることが分かってきた」と話します。

 一般の50~100倍

 研究班は震災2年目から3年目にかけて、石巻市内の仮設住宅のべ52戸の室内空気を調査しました。
 検出したカビは、一般住宅の50倍から100倍という高濃度でした。
  「通常、空気1立方メートルあたりのカビ数は1000程度。ところが仮設住宅では1万超の部屋が頻繁にあり、計算上の検出上限値の16万を超えた部屋もありました。国内の住居では前例を知りません
 カビで病気になった樋口さん宅も、検出上限値となった部屋のひとつでした。
 日本共産党の三浦一敏宮城県議は3日、県議会で仮設住宅のカピ汚染を取り上げ、村井嘉浩知事に対策を求めました。
 「まさに異常な住環境だ。生存権が長期にわたり侵害されている
(本田祐典)

守れ生存権 住民総点検

守れ生存権 住民総点検

 仮設住宅のカビ汚染は、宮城県石巻市など一部地域の特殊事例ではありません。震災直後から
各地で問題になってきました。
 カビで病気になった樋口敏雄さんが暮らす仮設住宅も、特異な構造ではありません。東日本大震災で最も多く建てられた大和リース製の仮設住宅です。
 厚生労働省研究班の渡辺麻衣子博士は、時間の経過とともにカビ汚染が深刻化しているといいます。
 「調査を続けるうちに、後からカビがはえた部屋があった。いまは健康に問題ない人でも長期にわたってカビを吸うほど危険性が高まる」
 仮設暮らしの長期化に合わせて、対策を考える必要があるというのです。
 石巻市では、仮設住宅でさらに4年、5年と暮らさざるを得ない人たちがいます。
 宅地造成が市内で最も遅い二子(ふたご)地区に移り住む予定の秋山マサ子さん(79)もその一人です。
 部屋を訪ねると、結露が特にひどい梁(はり)の根元にぞうきんが置いてありました。「毎朝、しぼるんです。カーテンを除菌・漂白しても、すぐにカビがつく」
 同じく造成を待つ杉山良一さん(80)は、カビでまだら模様になった天井を指さし、「もう慣れてしまった」。
 住民の生活を脅かす問題は、カビだけではありません。入居期限の延長を繰り返すうち、老朽化が進んでいます。
 仮設住宅の改善などに取り組んできた「石巻住まいと復興を考える会連絡協議会」(石巻住まい連)は震災4年を迎えるにあたって、改めて仮設住宅の「総点検運動」を呼びかけています。
 寄せられた問題(表参照)は、備え付けのガス器具や換気扇の故障をはじめ、玄関前の階段の腐食などさまざまです。
 ある女性は、石巻住まい連が配布した点検表に書きました。
 「狹くて、うつ病になりそう。毎日、死を考えています
 石巻住まい連の佐立昭代表委員は、「仮設住宅の提供は、抜本的な改善が必要です。住み続けるとどんどん地獄のようになり、生存権が守られていない」と話します。
 宮城県は「2015年度に仮般住宅を一斉点検して補修する」とします。ところが、その対象は基礎杭(くい)、屋根、外壁などに限定。これは内閣府が入居延長の条件とする「最低限の補修」にすぎず、費用も国負担です
 室内の補修について、宮城県は市町まかせ。岩手県では県が設置したコールセンターが住民の相談に応じます。
 3日の宮城県議会。日本共産党の三浦一敏県議は、カビで病気になった樋口さんの事例を示し、健康実態調査の実施や、室内も含む補修を求めました。
 同日、石巻市議会でも庄司慈明(よしあき)市議が、仮設住宅でぜんそくに苦しむ家族の訴えを紹介。亀山紘市長は自身もぜんそくだったと共感し、「市に相談してほしい」と対策に前向きな姿勢を示しました。

建設遅れる災害公営住宅

建設遅れる災害公営住宅

 「早く仮設から出たいけれど、災害公営住宅の建設が遅れているんです…」。宮城県気仙沼市の仮設住宅で息子と暮らす田村久美子さん(65)は、ため息まじりに話します。
 田村さんが入居する同市内の災害公営住宅は、当初2016年3月完成予定でしたが、半年延びて9月に。「仮設はカビが発生し、床も傷んでベコペコ音がする。震災後に体を壊しました。仮設暮らしは本当にきつい」
 同市は1月、一部の災害公営住宅建設がさらに遅れると発表。市の説明資料には、遅れの主な要因について「労務確保」「資材調達」「造成計画の修正」王砂運搬先調整」など多様な理由が並びます。市担当課長は「建設を急いでいますが、さまざまな問題が出てきます。今後も人手不足や資材の高騰などが心配」といいます。

 完成は2割以下

 岩手、宮城、福島3県では、今なお8万人以上が仮設住宅で生活しています。次の主要な住まいとなる災害公営住宅の完成は、いずれの県も遅れています。各県が公表した1月末時点の建設進捗(しんちょく)状況(表参照)によると計画数が3県で計2万9009戸にたいし、完成数は5192戸と2割以下です。
 最も遅い宮城県名取市と岩手県山田町の一部地区では、完成は18年度と3年先に。福島県では、用地選定すら進んでいない地区が10力所以上あります。
 3県の担当課に聞くと、遅れの原因はほぽ共通しています。
▽用地取得交渉の難航
▽かさ上げが必要な場所も多く困難な土地造成
▽人手不足や建築資材の高騰
▽建設費上昇などで業者と価格が折り合わず入札が不調にー。

 重大な国の責任

 こうした問題は、自治体の努力だけでは解決が難しく、国の姿勢が問われます。復興庁が1月に発表した「復興の現状と課題」は、安倍内閣の住宅再建の取り組みとして「用地取得の手続き簡素化・運用改善」「労務単価の引き上げ」などを記載。今後の対策として「きめ細やかに市町村を支援」するとしています。
 しかし、資材高騰や人手不足につながる無駄な大型公共事業が全国で進められている実態をみると、責任を果たしているとはいえません
 気仙沼市で被災者の生活再建に尽力する日本共産党の秋山善治郎市議はこう強調します。「被災者は、我慢を重ねて仮設で暮らしている。災害公営住宅の完成が遅れると知って、涙があふれる人もいます。転居できても家賃負担や孤独化など困難は続きます。国は、生活再建の要となる住まいの問題にもっと真剣に取り組むべきだ
(森近茂樹)

元気に 宮古 三陸の復興へ

元気に 宮古 三陸の復興へ

 水産と観光と電子部品のまち・岩手県宮古市-。「目指すのは、熱く大海を照らす漁火。私たちのアクションが漁火(いさりび)となり、人々の心を引き寄せ、宮古の水産業を盛り上げていきたい」と誓うのは「宮古チーム漁火」代表の鈴木良太さん(33)=共和水産代表取締役専務=です。
 「チーム漁火」は、旬の鮮度のいい原料を仕入れ・加工、製造・販売する水産加工業の共和水産かくりき商店、佐々京商店、佐幸商店の若手リーダー4人で構成します。
 共和水産は1億3000万円分の原材料が津波で流失しました。「当初はぼうぜんとした」というものの、残った製造工場で2011年4月から操業。他の3社は工場建物が全壊。被災事業者に対する支援措置、グループ補助金(国・県、4分の3補助)などを利用し、復興へ立ち上がりました。鈴木さんは「宮古ブランドの確立へ、地元で仕事をという思いと、とっかかりの仕事がほしいという思いが合致したのが始まりです」と語ります。

 最優秀賞に輝く

 「チーム漁火」の新商品「岩手県産うにいか」を昨年12月から販売。1月、「第3回宮古市新加工品コンクール」で最優秀賞に輝きました
 「うにいか」は、ビン詰めや塩加減など熟練の技術が得意な、かくりき商店「潮うに」と、素早く繊細に仕上げる共和水産「いかそうめん」を合体させたもの。薬品や添加物を使わず、受け継いできたふり塩の技術、素材の鮮度が自慢です。
 仕入れ・1次加工、製造・販売など4社の”強み”を生かして連携し、各社の業績も向上。鈴木さんは「若い人たちが前に出ている産地のほうが元気。夢と希望で盛り上げていきたい」と語ります。

 海の恵みを使う

 宮古市内の魚市場、ワカメーコンブやカキーホタテの養殖施設は大きな被害を受け、漁船の被害隻数は3漁協で2629隻に。水産加工業も工場被災、販路消滅や風評被害を受けましだ。
 宮古市産業振興部の佐藤日出海部長は「国が大枠の復興支援制度をつくり、県制度を加え、市が隙間を埋め、すべての被災事業者を支援して、産業復興をはかっていきたい」としています。
 「宮古の未来は豊饒な海の恵みを使った”ものづくり”にあると信じ」る。「チーム漁火」の誓いです。
 ◇
 日本共産党の田中尚・宮古市議団長の話 大井誠治県漁連会長の「ゼロからの復旧を」との要望を受け止め、グループ補助などで、ここまでこられました。浜では6次産業化や担い手の育成などの課題があります。環太平洋連携協定に反対し暮らせる漁業へ頑張ります。
(中東久直)

建築費高騰 自宅再建阻む

建築費高騰 自宅再建阻む

 「被災者の第一の願いは、住まいの再建だ
 被災者主体の復興を目指す「東日本大震災津波救援・復興岩手県民会議」の代表世話人、前川慧一さん(77)は訴えます。
 自身も津波で岩手県釜石市の自宅を失い、再建に奔走。被災者の苦しみを、2月13日の「被災者の声を聰け!国会総行動」で紹介しました。

 心労で不眠続く

 ー早く自分の家に帰りたいという願いもむなしく、長引く仮設暮らしで体調を崩して、お年寄りが相次いで亡くなっている
 ーエ地を確保しても、建築費がどんどん上がってお金が足りない。足りたとしてもその後の暮らしが不安で、吐き気で眠れない毎日だ
 仮設住宅で暮らす宮城県東松島市の大友昭子さん(68)も総行動の省庁交渉で訴えました。「公営住宅の家賃は高く、再建の支援金は少ない。なぜ被災者をいじめるのですか
 被災者生活再建支援法の支援金は最大でも300万円。住宅再建には足りないことが問題になってきました
 東日本大震災ではこの支援金が、実質ゼロになる事態が起きています。安倍政権の経済政策「アペノミクス」で建築費の上昇に拍車がかかっているのです
 被災地では、床面積100平方びの住宅を地元工務店に発注した場合、震災前より200万円ほど上がっています。そのうえ、より割高な大手ハウスメーカーが供給力の強さで販売を広げ、実際の値上がりは300万円を超えます。
 日本共産党の斉藤信岩手県議は、再建の困難から大槌町で災害復興公営住宅の入居希望が当初に比べ一割増になったと指摘します。
 建設に一戸あたり2000万円超かかる公営住宅(集合住宅タイプの場合)。自宅再建できないことによる入居者の増加は、自治体にとっても不幸です。

 500万円に増額を

 こうした事態を受けて、支援金を最低でも500万円に引き上げようと、開会中の通常国会に請願署名57万人分が提出されています。署名は東北6県の生活協同組合連合会が呼びかけました。
 また、災害被災者支援と災害対策改善を求める全国連絡会(全国災対連)も拡充を求める署名を呼びかけます。
 自身の経済政策で再建をさらに困難にした安倍晋三首相は、どう考えているのか(`・ω・´)
 日本共産党の山下芳生書記局長が国会で支援金拡充を求めたのに対し、安倍首相の答弁は「慎重に検討」(2月18日、参院本会議)と後ろ向きでした。支援金
は「見舞金」だといい、他の見舞金と比べて多くてはいけないとしたのです。
 山下氏は質問のなかで強調しました。
 「心身ともに疲弊の限界だ。住宅再建・確保は一刻の猶予もできない
(本田祐典)

進まない周辺地域の復旧

進まない周辺地域の復旧

 宮城県石巻市の中心街から牡鹿(おしか)半島に向かい海沿いの道を車で1時間余。半島の先端部に位置し、捕鯨で栄えた漁港の鮎川浜に着きます。

 積まれた土のう

 鮎川浜をはじめ牡鹿半島で目立つのは、海岸沿いのあちらこちらに積まれた黒い土のう。東日本大震災で地盤沈下したり、防波堤が壊れた場所に設置された仮の防波堤です。石巻市でも半島部の牡鹿や雄勝など周辺地域は、とりわけ復旧整備が遅れています。
 「岸壁と防波堤工事を急いでほしい」と望むのは、外房捕鯨鮎川事業所の大壁孝之所長(44)。「捕鯨文化の展示施設など町おこしのプランが決まり期待しているが、肝心のインフラ整備ができないと前にすすめません」
 遅れている岸壁整備にはさらなる問題も。鮎川浜は震災で102センチほど地盤が沈下しました。ところが昨年9月にはそこから約20センチ上昇し、隆起が続いています。そのため工事が完成した部分では、満潮時の水揚げ作業や船の乗降に支障が出始めているのです。
 牡鹿漁業協同組合の渡辺玲参事(54)は、「県からは、完成した部分の再工事は難しいと言われています。対策として、はしごの早急な設置をお願いしている」と話します。

 魚市場再建遅れ

 市が鮎川浜に建設する牡鹿魚市場の再建も遅れています。市の資料には、2015年の「3月末の完成を目指す」とありますが、現状は用地整備中です。市担当者は「大きな岩盤が出るなどして手間取っている。現段階で完成時期は確定できないが、急ぎたい」と言います。
 牡鹿漁協内の水揚げ量は、震災前の8割程度。渡辺参事は「現在の仮設魚市場では、扱える魚にも制約がある」と語ります。
 同時に半島部の水産業復興には、「ハード面の整備だけでは難しい。流通販路の拡充のためにマーケティングの専門家を長期的に派遣してくれるなど、人的支援も必要」と強調します。
 しかし、竹下亘復興相は3日、今年度で期限となる「集中復興期間」後の事業費について、「全部を(国費で)負担し続けるのは難しい」と発言。遅れている現状に目を向けない態度です。
 半島地域への早急な対策を市に求めてきた日本共産党の庄司慈明市議団長は、こう指摘します。「安倍政権は、国土強靭化の名の下に大型公共工事をすすめています。しかし、優先すべきは、被災地の復興です。地方自治体の力だけでは遅れがちな周辺地域の復旧には国の支援強化が不可欠です
(森近茂樹)

避難指示 解除されたが…

避難指示 解除されたが…

 「避難指示は解除されたけれど…」。東京電力福島第1原発から20キロ圏内で避難指示が出されていた福島県川内村東部で昨年10月、避難指示解除準備区域が解除されました。しかし、県内の仮設住宅には「帰りたくても帰れない」など複雑な思いを抱く被災者が残されています。

 私だけ戻っても

 郡山市の富田町若宮前仮設住宅に住む鈴木鈴子さん(62)は、「『川内村に帰りたい』という思いはあるが、私だけが戻っても…」と言葉を濁します。放射能の影響を心配する2人の娘から、「お母さんが戻っても私たちは行かない」と言われているからです
 「娘は結婚して、いわき市と須賀川市に家族でいるが、娘の子どもたちが来るのが楽しみ。行かないと言われては、川内に帰る意味がない」と話します。
 避難指示が解除されたとは言え、川内村には診療所があるだけで十分な医療体制はありません。鈴木さんは郡山市内の借り上げ住宅に避難中、脳梗塞を起こしました。「これが川内村だ
ったら」と不安をのぞかせます。
 「雪が降ったら除雪もままならない。何かあったらと思うと…」。同市の富田町稲川原仮設住宅の秋元トヨ子さん(71)も避難指示解除に戸惑う一人です。
 川内村では6人だった家族が、秋元さん夫婦が仮設住宅へ入り、息子家族は借り上げ住宅へとバラバラに。4年たって孫も高校生になり、生活の基盤は郡山市に移っています。
 「息子は『戻ってもしょうがないべ』つて。でも国は『帰れ』つて言う。線量が下がっても取った野菜やコメはいちいち検査。すぐに食えなけりや帰ったって意味ないべ

 賠償もされない

 「川内村は生まれ育ったふるさと。早く帰りたい」と自宅の建て替えを進める若宮前仮設の久保田ツネ子さん(67)は、東電の賠償姿勢に憤ります。避難指示解除後、東電は精神的賠償を1年で打ち切るとしています。さらに、再建する自宅は、名義が事故前に亡くなった久保田さんの父のままになっていることを理由に賠償を拒否しているのです。
 「事故から4年、避難を余儀なくされ、放置された家は床が抜け、天井も落ちて住める状態ではない。これまで固定資産税も私が払って住んできた家を、名義が違うだけで賠償されないのはおかしい
 復興庁が2月20日に発表した住民の意向調査(昨年19一月2日~16日実施)によれば、旧避難指示解除準備区域と旧居住制限区域で「震災発生当時の住居」に暮らす人は20・6%にとどま
っています。
(釘丸 晶)

賠償戦ってこそ前に

賠償戦ってこそ前に

 福島県民の生活と生業(なりわい)に被害を与え続けている東京電力福島第1原発事故国と東電が理不尽な賠償の打ち切りに乗り出す中、被災者は、「たたかってこそ賠償を勝ち取れる」と、声を上げています
 国見町の青果卸売業、羽根かゆりさん(48)は、事故の影響で名産のあんぽ柿(干し柿)をつくれません。
 羽根さんは福島県農民連を通して東電に賠償請求。震災前のあんぽ柿販売収入額を2011~13
年分、賠償させることができました。
 「一人では何もできませんでした。農民連に入って、たたかわなきゃいけないという気持ちになりました
 福島県農民連は、農産物の損害賠償請求運動で次々に成果を勝ち取ってきました。県産米の精密な放射能検査を行う機器の費用も、必要性など条件を満たせば賠償に応じるという回答を得ました。
 県農民連の佐々木健洋事務局長は、「生活に関わる賠償金だけでなく東電に責任をとらせることが大事。あきらめている人を残さず、運動を広げたい」と話します。

 自主除染費用も

 国が決めた「精神的賠償はたった8万円」との指針に怒りが広がり、12年に発足した「完全賠償させる県北の会」は、1000を超える世帯が会員に。粘り強い請求の結果、東電は昨年9月、個人と事業者が自主的に行った除染費用の賠償に応じると発表しました。
 原発を進めた国と東電の責任を問い、原状回復と損害賠償を求める「生業を返せ、地域を返せ!」福島原発訴訟は、昨年9月の第4次提訴で原告団が3865人になりました。
 「県北の会」事務局長で、生業訴訟原告団の福島支部長も務める伊達市の元教員、菅野偉男(かんの・ひでお)さん(74)は、「怒りを腹の中に収めていては力にならない。これだけひどい目にあったのだから、立ち上がらないわけにはいかない」と語ります。
 年の瀬の昨年12月25日、国と東電が営業損害賠償を来年2月にすべて打ち切る「素案」を発表
したことは、県内の業者、業界に怒りを広げています。

 切り捨て許さぬ

 日本共産党県議団は1月8日、県に素案撤回を求めるよう要請。各業界から実情を聞き、今月3日には東電の担当者に「賠償がなければ次々に倒産する。絶対に賠償継続しかない」と迫りました。県民の批判を浴びた東電は素案の見直しを表明しました。
 神山悦子県議団長は語ります。「素案は本格的な福島切り捨てを明確にした内容。東電は見直しを言いましたが、撤回はしていません。あらゆる業界、団体のみなさんと一緒に東電に声を突きつけ、福島を切り捨てさせない連帯をつくりたい
(細川豊史)
(おわり)

福島県農民連


震災怒り… 決意、相馬高生の思い
子どもができたとき、何かあったりしたら私たちのせい?

県立大槌病院前


被災の子 心の傷 癒えず
PTSD多発、アトピーも増加傾向
(東京新聞【こちら特報部】ニュースの追跡)2015年3月8日

 東日本大震災からまもなく四年を迎える今も、被災した子どもたちの心の傷は癒えない。津波や住環境の変化によるストレスは、体調にまで影響を及ぼしている。
(林啓太)

被災の子 心の傷 癒えず

悩み話せる環境整備を

 今月一日、宮城県石巻市の仮設住宅の集会所。震災による津波で児童・教職員計八十四人が死亡、行方不明となった市立大川小の卒業生六人が集まった。仙台市で十四日に開幕する第三回国連防災世界会議に代表者の子が出席し、被災した校舎を「震災遺構」として残してほしいと訴えることなどを決めた。
 「まだ僕らの思いが完全に日本の端々までは伝わっていない」。卒業生たちは一見、和やかな雰囲気で議論していた。「こちら特報部」が直接話を聞こうとすると、子どもたちの校舎保存活動を支援するNPO「ここねっと発達支援センター」(仙台市)は「今回はお断りしたい」とさえぎった。
 なぜか。佐藤秀明理事長は「子どもは大人が想像する以上に心に深い傷を負っている。マスコミの取材に求められるがままに応じていたけれど、最近になって『実は、震災当時のことを聞かれるのはつらかった』と打ち明けた子もいる。子どもの本心は、ほぼ四年前のままだ」と説明する。
 実際、被災地の子どもには、心的外傷後ストレス障害(PTSD)が多発している。文部科学省が二〇一二年度に実施した調査によると、被災地の子どもの約14%にPTSDが疑われる症状が見られた。症状の割合は、地震や津波被害が大きい地域のほうが、少ない地域に比べて多かった。
 お茶の水女子大大学院の榊原洋一教授(小児科学)は「急に震えが止まらなくなるとか、夜寝られないといった状態に悩まされている」とみる。
 心の傷は身体にも深刻なダメージを与える。
 東北大の東北メディカルーメガバンク機構(仙台市)は昨年十二月、被災した子どもにアトピー性皮膚炎が出やすい傾向があるとの調査結果を発表した。
 「地域子ども長期健康調査」の一環で昨年六月、宮城県内二十五市町村の小中学生二万八千人の保護者にアンケート用紙を配布し、六千四百五十一人(22・9%)から回答を得た。津波から逃げたり、津波を見たりした経験のある九百十三人のうち二百二十四人がアトピー性皮膚炎を抱えていた。有症率は24・5%と、津波の体験がない子どもの約一・二倍に上った。
 仮設住宅で暮らすなど、住環境が変わった子どもについても、千五百七十三人のうち三百六十四人にアトピーの症状があった。有症率は23・1%と、住環境が変わらない子どもの約一・一倍だった。
 同機構の菊谷昌浩准教授(疫学・予防医学)は「ストレスからアトピーが発症することはよく知られた事実。津波の経験が背景にある可能性はある」と推測する。
 もちろん、大人たちは手をこまねいているわけではない。岩手県は、宮古市釜石市などに相談所を開設している。宮城県は学校や幼稚園を児童精神科医が巡回する。福島県では、母子で避難している家族を支援する民間団体などを対象に、子どもの心のケアの研修をおこなっている。
 ただし、全ての子どもに支援の手が届いているとは言い難い。
 榊原教授は「子どもは、自分の思いを言葉にする能力が十分発達しておらず、ストレスを抱えてしまいがちだ」と指摘した上で、「子どもが不安を感じたら、すぐに思いを聴いてあげられる環境を早く整備するべきだ」と強調した。

検証・大川小の惨事/証言でたどる51分間

東日本大震災シリーズ21
 大川小学校の今~被災地 宮城・石巻~


http://youtu.be/rkKpn4LOw70


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