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Channel: 私にとって人間的なもので無縁なものはない
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年間一枚のパンツで暮らしてください・・人間とは何か?:朝日茂

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「2月14日は何の日ですか?」と問われたら大抵の人は「バレンタイデー」と答えるでしょう?商業主義にのせられて世間は騒いでいる毎年の光景ですが、そんなお祭り騒ぎの陰に隠れてある社会保障運動の原点になった人のある出来事があったのです。
それは”人間裁判”と呼ばれた「朝日訴訟」をたたかった朝日茂さんの命日でした。

朝日茂

朝日訴訟

国家や政府が国民に対して保障する生活の最低限度、ナショナル・ミニマムの最後の土台が生活保護です
安倍自公新自由主義推進政権は生活費にあたる生活扶助の基準を2013年度8月から引き下げを強行し、国はこの3年間で基準額を最大10%引き下げ、約670億円削減することを決めています。生活保護をうける人が過去最多にのぼりながら、過去最大の保護費削減をたくらむ安倍政権!
なんなのでしょうね!!q( ゚д゚)pブーブーブー

多くの国民は生活保護へのバッシングの意味もわからず、また、考えず漫然と流されて自らの首を絞めていることに気づかない悲しい現実があります。極めて一部の不正受給者を取り上げて生活保護をバッシングで叩いてる人。本当にそれでいいの??

厚労省 生活保護費切り下げへ「切り下げに賛成」83%
(アメーバニュース)
http://yukan-news.ameba.jp/20130118-549/

何度も言います!
国家や政府が国民に対して保障する生活の最低限度、ナショナル・ミニマムの最後の土台が生活保護です

生活保護基準額を引き下げると


「人間裁判」 ― 朝日茂さんの壮烈な“権利のための闘争”(法学館憲法研究所)
http://www.jicl.jp/now/jiji/backnumber/1963.html
 憲法25条の「人間らしく生きる権利」(生存権)が大きな問題になっています。年末年始には東京・日比谷公園の「派遣村」が大きく報道されました。「貧困」が社会全体の共通認識になっていることを示す象徴的な出来事でした。「人間らしく生きる権利」を正面から採り上げたのが、朝日茂さんが起こしたいわゆる「朝日訴訟」です。朝日さんは、第1審後の1963年、死期の迫る病床で手記「人間裁判」を執筆しました。「朝日裁判は、戦後日本の社会保障の歴史のうえで、最初のそして最大の裁判であった。朝日裁判をぬきに日本の社会保障をかたることはできない」(渡辺洋三「社会と法の戦後史」)。

朝日さんは、日中戦争中重い結核にかかり、国立岡山療養所に長期入院し、生活保護法に基づく医療扶助と月額600円の日用品費の生活扶助を受けていました。しかし、600円では、病状が悪化して病院食が口に入らないため生卵を飲むなど補食に必要なお金がなく、2年に1枚の肌着、1年に1枚のパンツでは足りませんでした。そこで、日用品費の額は憲法25条及びそれを受けた生活保護法に違反するとして、1957年に提訴しました。憲法25条1項の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という規定は、生存権という基本的人権を保障したものだという主張です。当時この規定は、もっぱら国家の政治的・道義的な責任を規定したものに過ぎず権利を保障したものではないとする見方(プログラム規定説)が一般的でした。

喀血しながらただ一人権力に立ち向かうという朝日さんの気力そのものが多くの人の感動を呼び、「人間にとって生きる権利とは何か」を真正面から問いかけるこの裁判は、「人間裁判」と呼ばれました。また、生活保護の基準は、最低賃金額の参考にされるなど多くの国民の生活に関わる広範な問題であることの理解も広まり、国民的な訴訟支援運動が巻き起こりました。裁判の詳細は「憲法MAP・岡山編」及び浦部法穂著「憲法の本」をご覧ください。注目されるのは、1審の東京地裁(1960年10月19日)が朝日さんの主張を認め、厚生省の決定を憲法25条の趣旨に合致せず違法と判断し、25条は人権であると認めたことです。「健康で文化的な最低限度の生活」とは、「理論的には特定の国における特定の時点において一応客観的に決定すべきものであり、またしうるものである」と明確に述べました。1963年の2審は、原判決を取消したものの、日用品費の基準は低すぎ、月670円が妥当だとしました。パンツは年1枚で足りるが、チリ紙は月1枚でよいというものでした。朝日さんはその後の1964年に還らぬ人となり訴訟は養子が引継ぎましたが、最高裁は1審判決と異なり、生活保護費は厚生大臣の裁量に任されていると判断し、プログラム規定説に近い立場を採りました。

 しかしながら、政府は、裁判の過程で1審判決に強いショックを受け、その翌年に生活保護基準を30%以上引き上げ、以後も改善して行きました。裁判の役割は司法の場だけでなく、政治や行政にも生かされることを国民は学びました。人権とは、国民が闘い取るものであるという憲法12条、97条の精神を文字どおり命をかけて実践した朝日さんをしのぶ「人間裁判の碑」が朝日さんの地元の岡山県・早島町に建てられています。
人間裁判の碑
今年も2月の命日に恒例の碑前祭が行われました。「朝日茂さんに内在し、その血を吐く苦闘、鮮烈な生き方、勇気ある思想、人間的な立ち振る舞い、やさしい息づかいなど細部にふれて、現代に生きる一人ひとりが明日に向かって生きる希望と励ましを受け取る」(手記「人間裁判」解説・二宮厚美)。
人間裁判の碑文

現在、生活保護制度が利用可能な人のうち、利用できている人は約16~20%の124万世帯、156万人です。独英はそれぞれ70%、80%を超えています。ヨーロッパ諸国では多くの国が貧困の実態調査をして貧困の削減目標を立てています。しかし、日本政府は調査をしたこともなく、当然削減目標も立てていません。後藤道夫教授の分析によれば、勤労世帯中、生保水準以下の生活の貧困世帯は、07年で675万世帯(19%)です。貧困は、人間の尊厳を奪い、場合によっては命も奪います。そして、貧困の広がりは社会を分裂させ崩壊させる危険性があり、社会に住むすべての人の問題です(宇都宮健児「反貧困運動の前進」・世界09年3月号)。生活保護の老齢加算や母子加算が廃止・削減され、さらに保護基準そのものの切下げも検討されている現在、朝日さんの「鮮烈な生き方」は多くのことを語りかけています。


生活保護制度は私たちの「生きる権利」です 雨宮処凜さん
http://www.jinken.ne.jp/flat_now/kurashi/2013/05/02/0917.html
生活保護制度は私たちの「生きる権利」です
生活保護を受給する人に対する風当たりが強い。なぜここにきてバッシングが強まっているのか。実際はどうなのか。「反貧困ネットワーク」の副代表であり、運動と取材を通じて多くの人の声を聴いてきた雨宮処凛さんに話を聞いた。

ガス抜きとしての生活保護バッシング

――雨宮さんはずっと貧困問題をご自身のテーマとしてさまざまな活動をされてきました。2000年に最初の著書(『生き地獄天国』)を出されてから13年、今の状況をどうとらえていますか?

 ずっと「このままではダメだ」という危機感をもってやってきましたが、今は活動してきたなかで一番、社会が悪い方向に向かっているような気がしています。
 貧困問題は、リーマンショックや派遣村の時に一気にクローズアップされました。低賃金で長時間働くワーキングプアの実態も知られるようになり、貧困は自己責任ではなく「政治の問題」であるという意識は当時広まったと思うんですね。それが2009年の政権交代にもつながったんじゃないかと見ています。
 ところが、政権交代によって労働や貧困の問題に手をつけられるのかと思ったら、結局たいしたことはされず、何も実現しないままに終わってしまいました。そして状況がどんどん悪くなっている。全体が厳しくなればなるほど、弱い立場の人を叩く気運は高まっていくものなので、生活保護を受給している人へ厳しい風当たりも非常に強まりました。

――貧困問題が社会の問題としてクローズアップされ、その後の反貧困運動へとつながりました。また、ツィッターやfacebookなども使った市民のネットワークや情報の共有の広がりも進んでいます。にも関わらず、「貧困」を社会問題、政治問題として考え、解決していこうという動きが高まらないのはなぜでしょうか。

 たとえば東日本大震災以降、ひんぱんに行われるようになった脱原発デモは、全国で数百万規模の人が参加しています。行動で自分の意思を示す直接民主主義のハードルはすごく下がって、意識が変わってきたきた人たちがたくさんいると思うんです。けれど一方で、昨年12月におこなわれた総選挙では、そうした意思が反映されたとは思えない、むしろ正反対の結果で、私もショックでした。
 まだ分析しきれていないのですが、人々の意識や行動が二極化しているように感じます。社会に対する責任を自分自身が動くことで果たしていこうと考え、行動する人が増えてきた一方で、ガス抜きのように何かのバッシングに乗っかる人も増えているのではないかと。その2つの層の距離がすごく広がっているような気がします。
 でもそれもやっぱり貧困が深刻化していることの表れだと思うんですね。生活に追われていれば、落ち着いてものを考える時間もないし、本や新聞を買うお金もないでしょう。気持ちはどんどん荒れて、何かを攻撃したくなる。それが自暴自棄と紙一重の投票行動だったり、ネット上で誰かを集中的に攻撃する"祭り"的なものだったりするのかなと。それほど積極的、自覚的でなくとも、多くの人がそうしたものに参加することによって、結果的に政策にも反映されてしまう。それが今回の生活保護の切り下げだったのではないかと思います。

受けられるのに受けていない人が圧倒的に多い

――生活保護については特に危機感をもち、本(『14歳からわかる生活保護』)も書かれましたね。

 貧困問題に関わるなかで、生活保護に対する世間の認識と実態がかけ離れているのを常に痛感していたので、それを改めたいと思ってきました。活動や取材を通じて貧困状態に陥った人に多く会ってきましたが、本人の力だけではどうにもならないことがたくさんあるんです。
 たとえば「探せば仕事はいくらでもある」と言う人は世代を問わずいると思います。確かに仕事はあるけれど、1ヶ月先、3ヶ月先にはどうなっているかわからない派遣の仕事の連続で、派遣先の業績がちょっと悪くなるとすぐに切られて寮も追い出されてしまう。たとえ正社員として採用されても、長時間労働や過酷なノルマやプレッシャーでとても長く勤まる仕事じゃなかったり。安定した仕事に就きたいと思っても、とにかく働き続けないと生活できないから、時間をかけて探す時間もありません。それに、ずっと派遣で働いてきた人に「安定した仕事」に就くチャンスはめったにありません。これらは本人の責任ではなく、労働政策の問題ですよね。

――働く人が圧倒的に不利な労働状況のなかで生活保護が切り下げられましたが、支持する空気のほうが強かったように感じました。

 生活保護って、「あそこの家は」とヒソヒソ言われるようなマイナスイメージがありましたが、最近は不正受給の報道で「働けるのに怠けている」「ズルをして贅沢をしている」と強調されているように思います。でも本当は誰もが使う権利をもっている、当たり前の制度なんですね。
 よくある誤解をいくつか正しておきたいと思います。まず不正受給ですが、2010年の不正受給は生活保護費として支給された額の0.4%以下で、1件あたりの金額は50万8000円。これは過去10年で最低の数字だということです(※)。もちろん不正はいけませんが、100%近くが適正に利用されています。
 一方、生活保護を受けられる人がどれだけ受けているかという捕捉率をみると、2割から3割にすぎません。「受けられる人」というのは貧困状態にある人のことですね。具体的にいうと、一人暮らしの場合、月に約9万3000円が「貧困ライン」で、これ以下の収入の人は生活保護を受けられます。にも関わらず、ほとんどの人が受けていないというのが現実です。また、「貧困ライン」以下で生活している人の割合、すなわち貧困率は2009年でいえば16%で、6.5人に1人が貧困という状況です。
 その結果といえるのではないかと思いますが、日本では毎年、数十人もの人が餓死しています。6.3人に1人が貧困といえる状態で暮らしているのが今の日本社会です。だからこそ、「死なないための方法、情報」を知っておくことが大切です。生活保護はその最たるものです。
 死ぬか生きるかというところまでいかなくても、生活保護はけっこう「使える」制度なんですよ。たとえば失業して寮を出ないといけないけどお金がないという時、引っ越し代が出ます。また、ホームレスになってしまうと携帯も契約できないし、仕事なんて絶対に見つかりません。だからまず住所を失わない方法としても使えます。そういうことがちゃんと伝えられていないのが本当にもったいないと思います。

※「(2010年の)全世帯での不正発生率は1・8%、保護費の総額に占める不正受給額は0・4%。不正1件あたりの金額は50万8000円で過去10年で最低だった」(2012年7月6日 朝日新聞)

「恥」「甘えるな」の意識が人を殺す

――権利という意識をもてないために、受給することに抵抗を感じる人も多いのではないでしょうか。

 いったん生活保護を受けるようになったら、一生抜け出せないみたいな誤ったイメージがありますね。それで「生保受けるぐらいなら死んだほうがマシだ」なんて言ってしまったり。一方で、受けている人の自殺率が高いのも事実です。生活保護を受けている20代の自殺率は、受けていない人に比べて7倍も高い。うつになる人もいて、いろいろなハードルを超えて生保を受けられたから一安心というわけではありません。やっぱり同世代がバリバリ働いて、恋愛や結婚もしてというなかで自分は生活保護を受けて先が見えないというのは厳しいものですよね。
 そういう現状を見ていると、「生活保護を受けるのを恥だと思わないことが問題だ」という政治家の発言がありましたが、「恥」だと思っていることでどれほどの人が自殺したり病んだり、あるいは受けることを拒否して餓死したりしているか。「恥」が人を殺していると思うので、一生のうち誰もが一度は使うぐらいの気軽なものにしていかないとダメだと思います。
 生活保護という名前もよくないですね。韓国にも生活保護という制度があったんですが、「国民基礎生活保障法」という名前に変え、制度内容も利用しやすくしました。

――「恥」もそうですが、「甘えるな」「甘えちゃいけない」という意識も強いと感じます。

 所持金がなくなってしまった人からのSOSを受けて出向いたりすると、「そんなことをしたらつけあげるばっかりだよ」「甘えさせたら本人のためにならない」と言う人がいます。でも多くはそこで誰かが関わらないと自殺していたケースです。じゃあ甘えずに自殺したほうがよかったのかということなんですね。
 今、ある程度健康な大人だったら1ミリも人に甘えるなという空気があって、すごく怖いです。でもよくよく考えてみたら、厳しい状況に陥った人ってもともと甘えられない環境なんです。家が貧しくて教育が受けられなかったり、非正規雇用ですぐ失業したり、甘えようにも甘えられないところをギリギリ生きてきた人がほとんどです。しっかり教育を受けて、正規雇用で、しかも専門職などで収入もある人は、自分の努力で今の立場を手に入れたと思っているかもしれませんが、生まれてきた環境や親の力などたくさんのことに恵まれてきたのではないでしょうか。そのことに気づかず、恵まれなかった人を「甘えている」「自己責任だ」と責める。「ない」ことがどういうことか想像もつかないんですね。
 支援する立場でいうと、甘えてくれるほうが楽なんですよ。あと1週間でお金がなくなるというぐらいで来てくれればいいんですが、ギリギリまで自分で何とかしようとがんばってしまう。連絡をくれた時には携帯が止まる寸前だったり今晩泊まるところもないという状態で、生活を立て直すのにかえって時間もお金もかかるんです。でも現場を知らない人は簡単に「ギリギリまで自分で何とかしろ、甘えるな」と言ってしまう。

どんな状況になっても生きられる方法を共有していく

――貧困が「普通」になりつつある社会ですが、できるだけ希望をもって生きていきたいです。雨宮さんは今後にどんな希望や展望をもっていますか?

『14歳からの生活保護』を書くきっかけになったのが、自分と年が変わらない姉妹の孤立死事件でした。失業し、生活保護の相談に役所に3度も訪れていたお姉さんが病死し、そのあとに知的障害のある妹さんが餓死してしまった。出身地も同じ北海道で、お姉さんは高卒でフリーターでと私の経歴と重なる部分が多くて他人事とは思えなかった。私みたいな人間がこうして死んでもおかしくない社会なんだとショックでした。だから仕事がなくなっても病気になっても生きていける方法と情報を集めておこうと。まあ、自分が死にたくないからということなんですけど。
 そのなかでの希望は、一方で人の命や生活をなんとか支えたいとボランティアで支援している人が意外とたくさんいることですね。自分には何の得にもならないし、逆にいやな目に遭うほうが多いぐらいなのに。最初は宗教か、何かの病気かと思ったんですけど(笑)、「こういう社会はイヤだ」という彼らの動機はすごく理解できたし、自分もそう思うなら意思表示していくべきだと思いました。
 その人固有の悩みや心の問題は私では解決できないけど、悩んだり死にたいと思っている原因が労働やお金の問題なら、制度や情報を紹介したり一緒に考えたりすることができます。SOSを受け止められる人でありたいし、自分も困った時には助けを求められるようにしたいですね。そうやって支え合うつながりを広げていくことに希望をもっています。

――ありがとうございました。

(2013年3月インタビュー 取材・構成/社納葉子)



「餓死・孤立死」の頻発を見よ!

はじめに―軽くなった生命  井上英夫

第Ⅰ部 総論
 いま、貧困と生活保護はどうなっているのか  尾藤廣喜
25年前の「餓死事件」
多発する「餓死」「孤立死」
「餓死」「孤立死」の背景
生活保護制度の役割と現状
何のための生活保護バッシングなのか
生活保護制度運用の現実
議論されている生活保護制度「改正」の内容
私たちが分析・調査すべき事項とその視点

第Ⅱ部 札幌市白石区姉妹孤立死はなぜ起こったのか
 
  第1章 白石区姉妹孤立死事件の経緯と現地での取り組み  細川久美子
福祉事務所に3回も生活保護の相談に行っていたのに
生保申請権侵害の市作成のシオリ『生活にお困りの方に』
ガス、電力会社に改善申し入れ
市長に「保護行政改善の申し入れ」を提出し、交渉
姉妹孤立死と同様の申請権侵害の事例が

  第2章 今回の調査目的と主な行動  吉永 純
 
全国「餓死」「孤立死」問題調査団の結成に至った経過
札幌市・白石区調査の概要/調査日程
 
  第3章 札幌市・白石区福祉事務所との懇談  吉永 純
なぜ、白石区を現地調査したのか
当局とのやりとり/事実
生活保護法上の問題点
最低生活保障義務違反(生活保護法1条)について
保護の申請権侵害について
急迫状態であったのに職権保護しなかった違反
25年前の事件と今回との異同について

[資料]
面接受付票
札幌市・白石区長への公開質問状
公開質問状への回答(白石区長)
札幌市長への生保行政改善の要望書
担当職員の事情聴取にあたっての要望書
同上への白石区長回答書

  第4章 白石区生活保護利用者の切実な声  徳武聡子

  第5章 姉妹孤立死事件と生活保護緊急110番の取り組み  渡辺達生、大賀浩一

  特別レポート SOSを何度も発したのに、救われなかった命  雨宮処凛

第Ⅲ部 全国各地で頻発する餓死・孤立死―全国調査で明らかになったこと

  第1章 「餓死」「孤立死」問題全国調査の結果から見えるもの  小久保哲郎
はじめに
餓死・孤立死リスクの一般化
介護の家族負担の限界
生活保護制度の機能不全
ライフライン事業者などとの連携強化と個人情報保護法上の疑義の解決
餓死・孤立死発生自治体への公開質問状への各自治体の回答(要旨)

  第2章① 立川市で連続して孤立死事件発生  稲葉 剛
母親と知的障がい児の孤立死から見えるもの
老老介護の対象外になっていた
[資料]
公開質問状への回答(立川市長)
 
  第2章② さいたま市で親子3人が孤立死  藤田孝典
隠れるように生活していた
公的機関の積極的な介入を
[資料]
さいたま市長への要望書
公開質問状への回答(さいたま市北区長)
 
  第3章 「餓死」「孤立死」根絶のための提言  全国「餓死」「孤立死」問題調査団

1 全事件に関する徹底した調査の実施
2 必要とする人が漏れなく生活保護を受けられるようにすること
3 ライフライン業者などとの連携強化による緊急対応
4 「リスク層」に対する積極的アプローチ
5 行政内部での連携の強化とケースワーカー等福祉関係職員の十分な配置と専門性の向上


第Ⅳ部 餓死・孤立死を生み出す貧困な社会保障政策  相野谷安孝

無保険、自立支援法
介護保険制度の壁
無保険問題
障害者自立支援法の問題
「税・社会保障一体改革」の問題

資料編

要保護者の把握のための関係部局、機関との連携強化に関する通知集
社会保障制度改革推進法案(抄)
社会保障費削減を企図する?社会保障制度改革推進法案?の撤回を 求める緊急声明
貴党(自民党)の生活保護制度の見直し案に関する公開質問状
生活保護制度に関する冷静な報道と議論を求める緊急声明
扶養義務と生活保護制度の関係の正しい理解と冷静な議論のために



なぜ経済大国・日本で「餓死者」が出るのか 「悲劇」を防ぐ手段はどこにある?(弁護士ドットコム)
http://www.bengo4.com/topics/1087/
電気、ガス、水道が止められ、冷蔵庫にはマヨネーズなどの空容器のみ……。そんな大阪市の団地の一室で昨年11月中旬、31歳の女性の遺体が発見された。死因は餓死か衰弱死とみられ、死後1~2カ月経っていたという。

報道によると、この女性は約4年前に生活保護の相談で区役所を訪れたものの受給には至らず、最近は「お金がない」と親族に訴えていたという。経済大国といわれる日本だが、餓死や孤立死などの悲惨なニュースは絶えることがない。生活保護に対する風当たりは強まり、行政による窓口対応の問題点も指摘されている。

結局のところ、食うにも困るような「生活苦」に陥ったら、途方に暮れるしかないのか。今回のような悲劇を防ぐには、どうしたらいいのだろうか。貧困問題に取り組む戸舘圭之弁護士に聞いた。

●憲法は「生存権」を保障している

「誰でも、さまざまなきっかけで貧困状態に陥ります。貧困は自己責任ではありません」

戸舘弁護士はこのように切り出した。自己責任ではない、となれば、誰の責任になるのだろうか?

「日本国憲法25条1項は『すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』を保障しています。いわゆる『生存権』です。

これは、貧困は自己責任ではなく、国の政策の失敗の結果であることから、すべての人に対して『人間らしく生きる権利』すなわち『生存権』を国家が責任をもって保障するという規定です。

生活保護は、この憲法25条に基づく国の制度としてあるのです」

努力によって貧困を避けられたケースもあるのでは?

「生活保護は、生活に困っている人ならば誰でも、困窮に陥った原因を問うことなく無差別平等に利用できる制度です。したがって、生活に苦しくなり、毎日の食事にも困るような状態になれば、当然に生活保護を利用し、生活費や住宅費、医療費等の支給を受けることができます。

努力することはいいことですが、誰でも努力できるわけではありませんし、そもそも努力するためにも最低限の経済的な基盤は必要です。現に貧困状態にある人に努力などを要求して保護を拒絶することは、その人に不可能を強いることであり、『努力しない人間は死んでもかまわない』と言っているに等しいと思います」

●「生活保護制度を遠慮せずに利用しましょう」

そういう制度があるのに、現実には餓死や衰弱死が存在するのは、なぜなのだろうか?

「現実には、生活保護を申請しようと役所(福祉事務所)の窓口に行っても、『まだ若いから働きなさい』『親族に扶養してもらいなさい』『ホームレスは生活保護を受けられません』『住所がないからダメです』『他の制度を利用してください』などと告げられ、追い返されるケースが後を絶ちません。

しかし、こういった口実は、生活保護の申請を受け付けない理由にはなりません。このような役所の窓口対応は『水際作戦』と呼ばれ、明らかに違法なのです。

こうした問題は、生活保護に詳しい専門家に相談することにより、解決することが可能です。弁護士、司法書士による無料相談窓口としては首都圏生活保護支援法律家ネットワーク(http://www.seiho-law.info/)などがあります」

たとえば、周囲に裕福な親族がいる場合にも、生活保護は受けられるのだろうか?

「親族の援助、扶養を受けることも、生活保護を受けるための要件ではありません。

昨年、生活保護法が一部改正されましたが、憲法25条に基づく最低限度の生活を国の責任で無差別平等に保障するという基本的な考え方は全く変わっていません。

とにかく生活に困ったら、生活保護制度を遠慮せずに利用しましょう」

(弁護士ドットコム トピックス)



警察官OBの福祉事務所配置要請の撤回を求める意見書(日本弁護士連合会)
http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2012/opinion_121116_2.pdf
警察官OBの福祉事務所配置要請の撤回を求める


20121011 UPLAN 緊急学習会 生活保護バッシングで誰が得するの?

http://youtu.be/uhtgv7bPISg

緊急学習会 「生活保護バッシングで 誰が得するの?~国の責任放棄の真相~」資料
http://nationalminimum.xrea.jp/20121001


生活保護「ヤミの北九州方式」を糾す
Ⅰ部 いのち切り捨ての実態とその元凶を糾す 藤藪 貴治
 
 1章● 3年連続4件の餓死・自殺事件
   「オニギリ食いたい」の日記を残して――小倉北餓死事件
   「次男がだめなら長男に援助してもらえ」――門司餓死事件
   「土下座までしたのに…」――八幡東餓死事件
   「働かん者は死ねばいいんだ」――小倉北自殺事件

 2章● 虐げられ、蔑まれ、命を奪われた人びと
   「強い意志で自立せよ」――ケースワーカーがお手本見せて辞退届を強要
   「子どもを施設に入れて働きなさい」――生活保護から排除される母子世帯
   生活困窮者は市外に出ていけ――生活保護難民の市外流出問題
   究極の「水際作戦」=面接ボイコット――面接主査はサボタージュで出世する
   組合弾圧とともに「水際作戦」がやってきた――蔓延する「惰民取締り思想」の根源

 3章● 「ヤミの北九州方式」のからくりを暴く
   北九州市生活保護行政の歴史的背景
   国家意思で開始された「ヤミの北九州方式」
   はじめに「300億円ルール」ありき
   「数値目標」で職員にノルマ設定
   「自立重点ケースの選定」という「数値目標」
   保護廃止への阿弥陀くじ
   数値目標で福祉事務所を競わせる
   「防波堤」としての面接主査制度
   国の監査が支配する福祉事務所の人事評価
   全国の「モデル福祉事務所」

 4章● 「ヤミ」を支える「オモテの北九州方式」
   福祉の「21世紀のモデル都市」北九州市
   「ふれあいネットワーク活動」実績は水増しでは?
   「仮想」が「実態」を凌駕する
   壮大な「住民動員」政策
   「ヤミ」+「オモテ」=恤救規則

 5章● 北九州から反貧困の狼煙を
   検証委員会も「ヤミの北九州方式」を批判
   門司餓死事件が歴史を転換させた
   北九州市を揺るがした3日間
   申請率100%の大きな成果
   市民運動が非を認めさせた
   国は簡単には「ヤミ北」を手放さない
   「生活保護の三井三池闘争」

Ⅱ部 全国から見た北九州市生活保護行政問題 尾藤 廣喜

 6章● なぜ、私たちは福祉事務所長を刑事告発したのか
   3年連続の「餓死」事件の衝撃
   反貧困ネットワーク準備会の取り組み
   法律家の取り組みとその広がり
   全国会議などの公開質問状の提出
   回答の拒否と告発の決断
   何が法的に問題なのか
   北九州市の数々の「違法」をどう評価するか

 7章● 北九州市生活保護改善のたたかいの意味
   全国的取り組みが必要な理由
   私たちの取り組みに必要な視点
   全国の北九州市化をどう防ぐか
   「あの人たち」の問題ではなく「われわれ」の問題として





生活保護基準引き下げのどこが問題?Q&A
(STOP!生活保護基準引き下げ)
http://nationalminimum.xrea.jp/faq
Q1 生活保護を利用していない人には関係ないのでは?
いいえ。そんなことはありません。生活保護を利用していない人にも大きな影響があります。生活保護を利用していない低所得者、労働者が直接的な影響を受けますが、消費や景気も落ち込みます。市民生活全体が大きな影響を受けるといっていいでしょう。
その人数は、生活保護利用者より遙かに多いといっていいでしょう。

Q2 生活保護基準って、なに?
最低生活費ともいいますが、生活保護基準は〈ナショナルミニマム〉といって国家が国民に対し「最低限これだけは生活を保障します」という最低生活保障基準でもあります。生活保護をもらえる額(権利の基準)というよりは、国の国民に対する生活保障責任の基準と考えられるでしょう。
この最低生活保障基準を引き下げることは、ある意味、国の責任放棄ともいえます。

Q3 生活保護が増えているので、仕方がないのでは?
増えているといっても、生活保護を利用できる収入・資産の人のうち実際に利用できている人(捕捉率)は2割といわれています。逆に8割の人が生活保護を利用できずに生活保護基準以下の収入・資産での生活を強いられています。日本の生活保護はそういった「受給漏れ」が、一番大きな問題です。
また、一番の増加要因は、低年金・無年金による高齢者が増えていることです。

Q4 低所得者が影響を受けるって、どういうこと?
市町村で実施される低所得世帯向けの減免制度の多くは、生活保護基準やその"1.何倍"というように適用基準を定めています。生活保護基準が引き下げられれば、これらの減免制度の適用基準額も下がりますので、今まで減免制度を利用できていた低所得世帯の中にはこれらの減免制度が使えなくなる世帯もでてきます。
地方税の非課税基準、国民健康保険の保険料・一部負担金の減免基準、介護保険の保険料・利用料の減額基準、障害者自立支援法による利用料の減額基準、就学援助の給付対象基準などです。

Q5 低所得世帯は少ないのでは?
Q3生活保護の捕捉率(制度利用できるはずの収入・資産の人の中で実際に利用できている人の割合〉は20%しかありません。生活保護の利用要件を満たしている人で80%が利用できていません。現在の生活保護利用者が210万人とすると、840万人が利用できていないことになります。
また、日本の相対的貧困率は16%です。つまり2000万人が貧困に陥っている状態です。生活保護が必要なレベルでなくても、貧困に陥っている人は日本にこれだけたくさんいるのです。

Q6 働いている人も影響を受ける?
最低賃金の金額は「生活保護にかかる諸施策との整合性を図る」(最低賃金法9条1項)とされており、1ヶ月フルタイムで働いた場合に生活保護基準を上回るよう定められています。最低賃金額も生活保護基準と連動していますので、基準が引き下げられれば最低賃金も引き下げられ、給与所得が減少します。
また、最低賃金という労働条件の基盤が引き下げられることは、最低賃金以上の賃金など、労働条件全体を悪化させることに繋がります。

Q7 生活保護利用者は、十分な生活保護費をもらっているので、そんな大きな影響はないのでは?
生活保護基準は「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するものとされていますが、現在の基準でも、親戚の冠婚葬祭を諦めたり、食事の回数を減らしたり、電気代を抑えるために真夏でもエアコンをつけないなど、「健康で文化的な最低限度の生活」に十分なものとはいえません。そのような状態で、生活保護基準が引き下げられれば、生きること自体が脅かされるようになります。

Q8 消費が冷え込むなんて、大げさでは?
生活保護基準引き下げにより、生活保護利用者や労働者の収入は確実に減ります。そして減免制度を使えなくなった低所得世帯は減免が使えない分、支出が増えます。そうすれば生活費を削って補うしかありません。何百万人、あるいは1000万人以上の人たちの消費が落ち込むことになれば、その影響は甚大でしょう。消費税増税で消費が落ち込むことが懸念されていますが、低所得者に限定すれば、これと類似の影響があると言っていいのではないでしょうか。
生活保護は211万人のいのちを支えるほか、生活費や家賃を通して消費に回され、商店や流通にお金を落としているという、経済面での効果も見過ごせません。

Q9 生活保護基準を引き下げれば、財政負担が減るのでいいのでは?
現在、社会保障審議会生活保護基準部会で検討されているのは、主に、「生活扶助」と呼ばれる生活費にあたる部分です。しかし、生活保護費の約半分は医療費ですので、基準を引き下げたからといって、大幅な削減効果があるとは言えません。寧ろ、これまで述べたように消費を減退させますので、大きな目で見ればプラス効果よりマイナス効果の方が大きいというべきです。

Q10 では、なぜ生活保護基準が引き下げられるの?
今年8月10日に成立した社会保障改革推進法では「自助(自己責任)」を強調して、「社会保障給付の重点化・制度運営の効率化による負担の増大を抑制する」と、社会保障給付全体の抑制を目指しています。その最初の標的になったのが生活保護制度です。全ての社会保障の土台であるのに、当事者が声を挙げにくく反対されにくい生活保護を狙い打ちにしているのです。
ここで生活保護基準の引き下げが実施されれば、これを皮切りに社会保障全体が引き締められ、私たちの生活そのものが切り捨てられることになります。

Q11 不正受給が横行するような状態では、生活保護基準が引き下げられても仕方がないのでは?
不正受給の金額は、ここ数年、生活保護費全体の0.4%弱で推移しています。報道されることが多いので、不正受給が横行しているかのような印象がありますが、実際にはその程度でしかありません。福祉事務所とのコミュニケーション不足による事例も多く、悪質な事例はごくわずかといえるでしょう。
逆に、不正受給の例の数百倍もの人が生活保護により、餓死や自死、貧困による犯罪に追い込まれずにすんでいます。そんな生活保護のプラス面ではなく、不正受給を大きく取り上げることで悪い印象を持たせ、人々の視線をそちらに向けさせて、その陰で生活保護基準引き下げを断行しようとしているのです。

Q12 生活保護基準の引き下げは、どのような方法で行われる?
一般低所得世帯の消費実態との比較で検証されることになっています。しかし、捕捉率が2割という現状では、この低所得世帯に生活保護基準以下の収入しかない受給漏れ世帯多く含まれます。その消費実態(支出)は、当然、生活保護基準以下になります。
このような比較で「生活保護基準より少ない金額で生活している人がたくさんいるから」と生活保護基準を下げるのは、おかしくないでしょうか?


大企業の税負担


13年の現金給与、実は減っていた 確定値で修正
(朝日新聞)
http://www.asahi.com/articles/ASG2K7RV4G2KULFA02Y.html
 2013年に労働者1人が月々もらった現金給与総額は平均31万4054円で、前年を73円下回った。厚生労働省が18日発表した毎月勤労統計調査(確報)でわかった。5日発表の速報では前年をわずかに23円上回り3年ぶりに増えたとしていたが、一転、3年連続の下落となった。比較可能な1990年以降では、過去最低の水準となる。

 現金給与総額は、パートを含む労働者が受けとる基本給に残業代とボーナスを合わせたもの。確報で下落したのは、賃金の低いパートの比率が速報よりわずかに増え、平均額が下がったためだ。前年と比べた増減率は0・0%で速報段階と同じだった。

 物価が上がった分をのぞく実質賃金指数は0・5%下がり、2年連続のマイナス。物価上昇に賃金が追いつかない状況について、安倍晋三首相は17日の衆院予算委で「景気の実感を行き渡らせ、賃金上昇に結びつける過渡期にある。経営者が収益改善を賃金上昇に結びつけることを期待している」と語った。(山本知弘)



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