「戦後の精神」つなぐ
作家 大江健三郎
秘密保護法 言わねばならないこと 集団的自衛権
(東京新聞)2014年12月5日
特定秘密保護法が成立してから、六日で一年。施行は十日に迫った。集団的自衛権の行使容認の問題と合わせ、作家の大江健三郎氏に聞いた。
政府が言う「積極的平和主義」は、憲法九条への本質的な挑戦だ。米国の戦争の一部を担う立場に変えていこうとするために「積極的平和主義」という言葉をつくった。だから、何よりも特定秘密保護法が必要になる。
集団的自衛権を行使できることを日本の態度とするなら、米国が起こしうる軍事行動に踏みとどまる建前を失う。どういう戦闘が行われるか、戦況はどうなるか。米軍と自衛隊のやりとりは何より秘密でなければならない。秘密保護法を一番要求しているのは米国だろう。
日本政府は「積極的平和主義」を内外に宣伝している。最初、それは誰にも滑稽な言葉だった。しかし、半年、一年とたつと、国民は慣れて反発しなくなった。政府が国家の方針として提示し続ければ常態となる。市民は抵抗しなくなるということではないか。いま日本は、かつてなかった転換期にあると感じる。
「積極的平和主義」という言葉に対比すると、いままで日本が取ってきた態度は憲法九条に基づく「消極的平和主義」になる。
日本は平和を守るために戦うとは決して言わなかった。軍備を持たない、戦争はしないと世界に言い続けた。平和という場所に立ち止まる態度だ。僕は尊重されるべき「消極的平和主義」だと考えている。
「積極的平和主義」は言い換えれば「消極的戦争主義」になる。米国の戦争について行く。戦場で肩を組んで行けば「消極的」か「積極的」かは関係なくなってしまう。自衛隊員が一人でも殺される、あるいは自衛隊員が一人でも殺すことになれば「消極的戦争主義」というフィクションも一挙に消えてしまう。憲法九条を残したまま、すっかり別の国になってしまう。後戻りはできない。それは明日にも現状になる。
僕が十二歳のときに憲法ができた。学校で九条の説明をされて、もう戦争も軍備もないと聞いて、その二年前まで戦争をしていた国の少年は、一番大切なものを教わったと思った。自然な展開として、作家の仕事を始めた。九条を守ること、平和を願うことを生き方の根本に置いている。われわれは戦後七十年近く、ずっとそうしてきた。次の世代につなぎたい。
僕も、すぐ八十歳。デモに参加すると二日間は足が痛むが、集会で話すこともする。そのような自分ら市民を政府が侮辱していると感じるから。「戦後の精神」を持ち続ける老人でいたい。
おおえ・けんざぶろう 1935年生まれ。東大在学中に「死者の奢り」で作家デビュー。代表作に「個人的な体験」「万延元年のフットボール」など。94年、日本人として2人目となるノーベル文学賞を受賞。護憲派の市民団体「九条の会」の呼びかけ人。
反戦歌うと「監視」
対象のミュージシャンが警鐘
(東京新聞)
駐屯地の騒音苦情 / 成人式で憲法ビラ
♪泣きながらあなたの帰りを待っている日々は 今日で終わり すてきなニュースがラジオで流れた(中略)信じられるかい すべての戦場が なくなった 今日なくなった
宮城県亘理(わたり)町のスーパーマーケット前。自衛隊のイラク派遣が間近に迫っていた二〇〇三年十二月、地元に住むシンガー・ソングライターの男性(四九)の歌声とギターの音色が響いた。平和への思いを込めた自作の曲。ライブの傍らで知人女性が派遣反対の署名を集めていた。
六日で成立から一年となる特定秘密保護法が十日施行される。男性は自分の経験から懸念を強める。
ライブから四年後、報道機関から突然、電話がかかってきた。「あなたが自衛隊の内部資料に載ってます」。資料は共産党が自衛隊員の内部告発を基に公表したものだった。男性の仕事は福祉系団体職員。所属政党もない。ライブ活動は芸名だ。それなのに勤務先や本名まで記されていた。
「陰湿さ、恐ろしさを感じた」。知らぬ間に監視対象にされたことに震えた。
「戦時中に憲兵隊や沖縄の日本軍がやったような国民監視はやめさせねば」。男性は○九年二月、自衛隊の監視差し止めを求める裁判を仙台地裁に起こした。
一方で「自衛隊に監視されていたら、子どもが安心して学校に行くこともできない。嫌がらせをする人が現れるかも」という不安もあった。妻も心配したため裁判の記者会見などで名前を出さないと約束した。
被告の国は一審で文書作成の有無の回答すら拒み続けたが、一昨年三月の仙台地裁判決は「個人情報をコントロールする権利、人格権を侵害した」として、自衛隊が男性の個人情報を収集した文書を作ったのは違法と認め、国に賠償を命じた。国は控訴したが、控訴審で事実上、情報収集を認めざるを得なくなった。
秘密保護法は、防衛や外交などの情報が幅広く「特定秘密」に指定される恐れがある。運用基準では、行政機関の違法な行為を秘密に指定することを禁じているが、行政担当者の判断次第で情報は秘密保護法の指定対象となる。
裁判で男性を支える小野寺義象弁護士は「『それは特定秘密だから答えない』という対応ができるようになり、裁判所が秘密を明らかにするよう命じるハードルが上がる」と指摘する。
10日施行… 「裁判 勝てぬ」
男性は「今後は内部告発があり裁判になっても、勝でなくなるかも」と感じている。小野寺弁護士が危惧するのが内部告発の抑制だ。秘密指定情報を漏らした公務員は最長十年の懲役刑が科される。「そんなリスクを冒す役人はいるのか」
男性の個人情報を記載した内部資料には、消費税増税に反対する団体の活動も盛り込まれていた。男性は仙台で脱原発デモに参加しながら、監視の網が広がる不安をぬぐえないでいる。
「原発再稼働や集団的自衛権への抗議活動も監視され、参加者を調べているかもしれない」(西田義洋)
こんなことで情報収集?
原告の男性を監視し、個人情報を収集したのは陸上自衛隊の情報保全隊だ。国側は控訴審で情報収集を事実上認めたうえで、違法性がないと訴える戦術に切り替えた。
昨年、自衛隊側が説明
二〇〇三年当時の元隊長は昨年五月、仙台高裁の控訴審で出廷し、任務について「自衛隊に対する外部からの働き掛けから部隊等を保全するための情報資料の収集」と説明した。
「外部からの働き掛け」とは何か。元隊長は「一般論」と前置きした上で▽駐屯地の騒音に苦情の電話を入れる▽成人式会場で憲法前文と九条だけが書かれたピラを配布する▽スーパーの前で反戦平和の歌を歌う▽労組の春闘の街宣活動▽プロレタリア作家の展示会―などを挙げた。
こうした働き掛けは「隊員や家族への不安が生じる可能性がある」などとして、情報収集に正当な目的や必要性があり、違法性はないと主張している。
原告側の小野寺弁護士は「まさにそれが国民の基本的人権を侵すもので、シビリアンコントロールにも反する」と批判している。
情報保全隊 2000年に起きた在日ロシア大使館駐在武官に海上自衛隊の3佐が機密を漏洩(ろうえい)した事件を契機に、旧来の調査隊を再編・強化して03年3月に発足した。自衛隊の持つ秘密情報を守るのが目的。陸海空3自衛隊にそれぞれ編成されていたが、07年のイージス艦情報流出事件発覚などを受け、09年8月、3自衛隊の情報保全隊が統合され、防衛相直轄部隊として新編された。
自衛隊の国民監視差止・賠償請求訴訟判決に対する声明
(自衛隊の国民監視差止訴訟原告団)2012年3月26日
http://blog.canpan.info/kanshi/archive/249
変質する「平和」第6部 秘密保護法施行前夜 上
韓国の対馬「侵食」
自衛隊拡充の御旗に
(東京新聞)2014年11月28日
海上に浮かぶ台船から一万発の花火が夜空に上がる。長崎県対馬市で先月下旬開かれた国境(こっきょう)花火大会。五十五キロ先は韓国・釜山だ。「釜山からも見えたと今、連絡が入りました」。観光客でにぎわう砂浜にアナウンスが流れた。島と釜山は高速船でわずか七十分。韓国人グループの仏像盗難などに反発はあるが「朝鮮半島と交流しながら生き抜いていくしかない」(財部能成(たからべやすなり)市長)。韓国人観光客は十年で十倍以上に増えた。
その接近ぶりに本土からは近年、厳しいまなさしも向けられる。花火大会の十一日前、衆院内閣委員会で議員が発言した。「韓国からの客、韓国資本による土地取引が多い。対馬が危ないと懸念を持つ人が少なくない」。島の海上自衛隊基地の隣接地が韓国マネーで購入されたことも昨秋、国会で問題視された。
そんな「韓国侵食説」とも関連し、自民党は対馬や沖縄県・与那国島など国境に近い離島の保全や振興を図る議員立法の提出を来年の通常国会で目指している。柱となるのは自衛隊施設の拡充だ。谷川弥一党離島振興特別委員長は「尖閣諸島の問題で緊張感が出てきた。不退転の決意でやる」と語る。
◇
戦前、三十一ヵ所に砲台が設置された島は「対馬要塞」と呼ばれ、要塞地帯法などの機密保全の法律が島民の生活を縛った。
「海で釣りをしたらスパイだと言われてね。糸で水深を測り、米軍に教えるからと」。対馬在住の早田吉夫さん(八四)が思い出す。郷土史家の小松津代志さん(六八)は、砲台建設をしていた高齢男性が、戦後三十年たった聞き取り調査で「話して、お上にとがめられないでしょうか」と気にしたと仲間に聞いた。
来月には国家機密を漏らした公務員らの罰則を強化する特定秘密保護法が施行される。「秘密保護法と並行して国防強化の新法ができれば、国境付近の離島は往時の要塞地帯を想起させる情報管理の囲い込みに遭う恐れもある」。前田哲男・元東京国際大教授(七六)=安全保障=は言う。
島では二〇〇〇年代半ば、地域振興の名目で高レベル放射性廃棄物の最終処分場誘致の動きが浮上したことがある。反対した市民団体の小島加津恵さん(六二)は「推進派に都合の悪い情報を識者などから収集できたから、市民や市議に提供できた」と振り返る。「秘密保護法で情報が出なくなれば、自衛隊施設拡充の是非を判断する材料がなくなってしまう」と危惧する。
◇
韓国資本が購入または経済活動している土地の面積は○八年の市の調査で四・八ヘクタール。対馬の総面積の0・0069%だ。市幹部は声をひそめる。「この数字で韓国に乗っ取られるというのは、ありえない」
それでも自衛隊拡充に期待する声が圧倒的だ。最終処分場誘致に反対した市議も静観するつもりだ。島の人口はこの五十年で半減した。「外から叫ばれるほど対馬が危ないとは感じない。でも過疎の進む現実を見れば、誰が反対できますか」(辻渕智之)
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「もの言えぬ空気」が社会に広がる懸念が払拭されぬまま、特定秘密保護法が施行される。国家のヒミツと背中合わせの現場を歩いた。
変質する「平和」第6部 秘密保護法施行前夜 下
進む「軍学共同」
研究者 機密扱う恐れ
(東京新聞)2014年11月29日
「これは何を表しているの?」「発射管内の気体の密度です」。横浜市の慶応義塾大理工学部の研究室。パソコン上の分布図を見ながら、松尾亜紀子教授(四九)=流体力学=が学生と言葉を交わした。二年前、防衛省陸上装備研究所から水中弾の共同研究を持ち掛けられた。水中弾で離れた場所から地雷を処理することが目的とされる。
防衛省は二〇〇一年から大学などと共同研究を開始。当初は年間ゼロ上一件だったが、昨年は四件、今年七件と増えている。松尾教授は「この研究が戦争に直結するわけがない」と話す一方、「全ての技術にはあらゆる可能性がある。研究者が防衛に関わるという理由でやらないと宣言し、枠を狭めるのはおかしい」とも語った。
共同研究で資金提供はない。だが来年度予算で防衛省は総額二十億円の研究費を大学などに提供する制度創設を概算要求している。大学への交付金や助成金は年々減り、研究費確保に苦労している研究室は多い。防衛省OBで金沢工業大産学連携室の佐々木達郎教授(六七)は「地方で頑張っている先生にとっては、ありがたい話だ」と明かす。
◇
戦争に加担した反省から、大学は戦後、軍事と一線を画してきた。国内トップの研究機関である東大も軍事研究禁止の方針を堅持するが、境界線は曖昧だ。
内閣府が今年創設した「革新的研究開発推進プログラム」。軍事転用も考えられる先端研究十二件に五年間で計五百五十億円を支援する計画で、東大教授が統括する二件が選ばれた。防衛省は五月「C2次期輸送機」に起きた不具合の原因究明のため東大大学院教授に協力を要請。教授は個人の立場で協力に応じた。
工学部の五十代の職員は「外圧が強まっている。軍事研究禁止の方針が変化する恐れもある」と話す。六十代の職員は特定秘密保護法施行で「軍事研究と知らないで関わり、外部に話したら処罰されるかもしれない」と漏らした。
◇
安倍政権下で大学を取り巻く環境は変化している。昨年末、閣議決定された防衛計画大綱は「大学などとの連携充実」を盛り込んだ。六月には改正学校教育法が成立し、教授会の権限は大幅に縮小されている。池内了名古屋大名誉教授(六九)=宇宙物理学=は「学長に予算や人事の権限が集中し、国の意向が反映されやすくなった。研究者が国家機密に加担させられる恐れがある」と懸念する。(沢田敦)
陸上装備研究所の研究例
生物化学・核戦争を想定しているのですな…(>0<)
【ももっち対談】中田進先生に訊く秘密保護法の問題点 1
http://youtu.be/61W_kV9oKec
【ももっち対談】中田進先生に訊く秘密保護法の問題点 2
http://youtu.be/maeIJcIIXZQ
【ももっち対談】中田進先生に訊く秘密保護法の問題点 3
http://youtu.be/pLxSFjPSU98
【ももっち対談】中田進先生に訊く秘密保護法の問題点 4
http://youtu.be/1_kRnIv_0BE
【ももっち対談】中田進先生に訊く秘密保護法の問題点 5
http://youtu.be/TnWcMpJ34yE
自公 公約に記載なし 秘密法成立から近く1年
(東京新聞【核心】)2014年11月30日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kakushin/list/CK2014113002000122.html
国民の「知る権利」を侵す恐れのある特定秘密保護法が十二月十日に施行される。国会で成立した一年前、各党の投票行動は割れ、多くの懸念があることを浮き彫りにした。法律は十二月二日公示、十四日投開票の衆院選の真っただ中に動きだすだけに、立法府として制定に携わった各党の姿勢があらためて問われている。
(金杉貴雄)
■反省
一年前、秘密保護法の法案採決は、世論や言論界の強い反対の中で行われた。衆院では、自民、公明の与党に加え、修正協議に応じた日本維新の会、みんなの党のうち、みんなが賛成。維新は、議論が不十分として棄権に回り、民主、共産、生活、社民の各党は反対した。
安倍政権が参院でも採决して成立させると、直後の内閣支持率は10ポイント以上も下落。政府の意のままに特定秘密が決められたり、スパイだけでなく、秘密に迫った市民や記者まで厳罰が科される懸念が指摘されている。安倍晋三首相は成立を受けた記者会見で「厳しい世論は国民の叱声(しっせい)だとヽ謙虚に真摯(しんし)に受け止めなければならない」と反省の弁を述べた。
■対応
成立後の各党の対応はどうか。首相は反省を囗にしたが、与党の対応は鈍い。
年明けの一月、自民党など各会派は米英両国などを訪問し、秘密保護制度の状況を視察した。法律の運用を監視する国会の常設機関設置をめぐり、どういう組織にすれば良いかの議論に役立てるためだ。
その後の与党協議で公明党は、自民党に組織の権限を高めるよう要求。だが、消極的な自民党の腰は重く、常設機関を設置する法律は成立したものの、政府に情報開示を求める強制力はない。
反対した野党のうち、第一党の民主党は法成立後も対決姿勢を継続。海江田万里代表は廃止法案を提出する考えを示し、先の臨時国会に維新の党と施行延期法案を共同提出した。共産、社民両党も共同で廃止法案を提出した。ともに衆院解散で廃案になっている。
与党との修正協議に応じた日本維新、みんなの両党は、法案への対応をめぐって党内が対立。それだけ重たい法案だったともいえるが、その後の党分裂で維新の党、次世代、みんなに分散。みんなは解党し、秘密保護法をめぐる動きで目立つのは、民主党との協調に傾いた維新の党の延期法案提出ぐらいだ。
■公約
主要政党の衆院選公約はどうか。自民、公明両党とも「秘密保護法」の文字はない。自民党は、二〇一二年の前回衆院選でも公約に秘密保護法制定を記載しなかった。今回、首相は衆院解散時に「報道が抑圧されるような例があったら(首相を)辞める」とまで述べたが、公約で知る権利を守るための運用方針などは示さなかった。菅義偉官房長官は「いちいち信を問うことではない」と争点化に否定的で、世論の反対が強いテーマを避けたい思いがにじむ。
公約を見る限り、野党側には温度差がある。
野党は民主党が施行延期を主張し、共産、社民両党は法廃止を訴えた。維新、次世代、生活、新党改革、地域政党の減税日本は公約に記載していない。
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大江健三郎氏:秘密保護法を一番要求しているのは米国だろう……(`・ω・´)
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