日本国憲法
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
○2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
憲法9条、ノーベル平和賞候補に
(沖縄タイムス)
http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=66680
戦争放棄を定めた憲法9条をノーベル平和賞に推そうと市民団体がインターネットなどで呼び掛け、趣旨に賛同した大学教授らがノーベル賞委員会(ノルウェー)に推薦状を送ったところ、候補として受理したとの連絡があったことが11日、市民団体への取材で分かった。
市民団体「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会(相模原市)によると、ノーベル賞委員会から9日夜に受理を知らせるメールが届いたという。
実行委は神奈川県座間市の主婦がインターネットで呼び掛け、共感が広がって発足。平和賞は個人や団体に贈られるため受賞者は「日本国民」とした。(共同通信)
「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会
http://nobel-peace-prize-for-article-9.blogspot.jp/
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「原発全面解禁」 エネルギー基本計画、閣議決定
(田中龍作ジャーナル)
http://tanakaryusaku.jp/2014/04/0009112
昨夜、作製したプラカードを手に抗議に訪れた男性。声をからして「原発ゼロを撤回するな」と訴えた。=11日正午ごろ、首相官邸前 写真:筆者=
福島の惨劇は何だったのだろうか。安倍内閣は今朝、「原発を重要なベースロード電源である」とした経産省の「エネルギー基本計画」を閣議決定した。
「原発ゼロを撤回するな」…首相官邸前には閣議決定に反発する市民たちが正午頃から続々と詰めかけ怒りの声をあげた。呼びかけたのは毎週金曜日夕方「再稼働反対」を2年間に渡って訴えてきた首都圏反原発連合。
閣議決定された「エネルギー基本計画(案)」を読むと唖然とすることだらけだ。開いた口が最後まで塞がらない。
先ず大前提からしてウソだ。第2節の2「化石燃料への依存の増大による国富の流出」で――火力発電のための輸入燃料費は、ベースロードとして原子力を利用した場合と比べ、約3・6兆円増加すると試算される、とある。(第8ページ)
「原発はコストがかからないんだよ」。経産省はまだこんな古典的なマヤカシが通用すると思っているようだ。
これが真っ赤なウソであることは元東電技術者の小野俊一氏が講演や著書で告発し続けている。小野氏が在職中の東電社内資料によると1kwh発電するのに福島第一原発は15円を要した。火力はわずか2~3円だ(1995年頃)。
原発は事故が起きなくてもこの高コストなのである。小野氏によれば原発の発電コストが図抜けて高いのは東電社内の常識だった、という。
《大手を振って再稼働》
第3節の3「原子力利用における不断の安全性向上と安定的な事業環境の確立」――原子力規制委員会により世界で最も厳しい水準の規制基準に適合すると認められた場合には、その判断を尊重し原子力発電所の再稼働を進める。(第40ページ)
再稼働がいよいよ大手を振って歩き始めたのだ。原子力規制委員会とは再稼働を正当化するための機関だったことが改めて明らかになった。九州電力の川内原発は早ければ今夏にも再稼働するとの見方がある。
青森県六ケ所村・再処理工場。プルサーマル計画という壮大な虚構に巨額の税金を湯水のごとく注ぐ。=写真:筆者=
再稼働のはてには、「プルサーマルの推進」「六ヶ所再処理工場の竣工」「MOX燃料加工工場の建設」「むつ中間貯蔵施設の竣工」とくる。(第43ページ)
事故を起こした福島原発3号機はプルサーマル事業のひとつだ。フルMOXの大間原発は、自治体から差し止め訴訟を起こされようとも建設、運転するのである。
「再処理工場」は巨費をドブに捨てるに等しい。ある国会議員のもとに電力会社の幹部が説明に来て「先生、しばらく動かないから(事故は)心配ないですよ」と言ったそうだ。
壮大な無駄と分かっていても、安倍政権と原子力村にとっては事業を続けることに意義があるのだ。血税を使われて危険な目に遭わされる国民はたまったものではない。
第10節「エネルギー国際協力の展開」で、原発輸出は「(相手国の)エネルギー源確保のため不可避」とした。(第66ページ)
ここまでくればもう原発全面解禁である。安倍政権はすべてを「3・11」前に戻した。
官邸前にはたまたま今日が「休み」のサラリーマンや孫のためにも原発をなくしたいという年金生活者たちが訪れて、「閣議決定に反対」の声をあげた。
さいたま市の会社員(男性・50代)は2年間ほぼ毎週のように「金官」に参加してきた。男性は「くやしい」と奥歯を噛みしめた。「閣議決定されてもあきらめずに声を合わせていくことが大事。強い民意を見せつけることで国にプレッシャーをかけたい」。
「怒りが湧く」と話すのは都内の会社員(男性・40代)だ。「大学院で物理を学んだ身としては、あんな危険な物を動かしてはならないという気持ちで来た」。
安心神話に惑わされない低線量被ばくの基礎知識
(東京新聞・こちら特報部)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2014040802000166.html
「ただちに健康に影響はない」。福島原発事故の直後、政府が繰り返した言葉だ。事故から三年が過ぎ、それは「安心していい」に変わってきた。環境省は先月下旬、福島での小児甲状腺がんの発生が他県との比較で多発とは言い難いとした。国連科学委員会もがんの増加は確認できないとしている。これらをうのみにしてよいのか。「安心」をめぐるいくつかの問題点を専門家に聞いた。(荒井六貴、榊原崇仁)
【青森、山梨、長崎各県での小児甲状腺がんの発生を調べていた環境省は先月28日、「福島県と発生頻度は同じ」と発表した。国連科学委も今月2日、福島事故によるがんの増加は予想しないと報告した。】
京都大原子炉実験所の小出裕章助教は、環境省の発表内容について「疫学的に比較するなら、同一条件で検査しなければ意味がない」と話す。
福島県は事故当時18歳以下の全員が対象で、これまで27万人を調べたが、3県の調査は各県1500人程度。さらに福島の調査はゼロ歳からだが、3県は3歳以上18歳以下だ。
元国会事故調査委員会メンバーで、独立行政法人・放射線医学総合研究所の元主任研究官の崎山比早子氏は「甲状腺がんは8歳ぐらいから発症するケースが多いとされる。3歳以下を調査対象に含めていない3県の割合は高めの数字が出てしまう」と解説する。
さらに3県調査で見つかったがんは1例しかない。
小出助教は「何かの傾向を統計的に調べるには一定の数が必要だ。これでは検証できない」と指摘する。
国連科学委の報告書については、崎山氏は「事故から3年では、まだ影響がはっきりしない。それにもかかわらず、放射線のリスクよりも、不安が健康に与える影響の方が大きいと書いてある。こうした部分に原発事故を過小評価する意図を感じる」と話した。
【チェルノブイリ事故で小児甲状腺がんが増えたのは4、5年後。それゆえ、福島で現在見つかるがんと事故の因果関係はないという根強い主張がある。】
小出助教は「チェルノブイリでは、事故直後から現地の医師らが『甲状腺がんが増えている』と警告していた。だが、国連などは放射線影響研究所による広島・長崎原爆での調査を持ち出し、『がんが増えるのは10年後』と無視した。ところが、4、5年後から患者数が激増したため、事故との関係を認めざるを得なくなった」と説明する。
「実は放影研の調査は現場投下から5年だった。こうした例からも、過去の知見が必ずしも正しいとは限らない。大切なことは過去例を基にした推論ではなく、現在の事実だ」
崎山氏は「がんの発生と原発事故の因果関係を否定する一部の学者らは、検査機器の性能が向上したから多く見つかったという。そうならば、数年後の検査では新たながんの発生が見つからないはずだ」と話す。
さらにがんのみに注目すべきでないという。「チェルノブイリでは心臓の異常など他の症状も出た。福島でも甲状腺以外も調べる必要がある。セシウム137の半減期は30年。住民を被ばくから守る努力がもっと必要だ」と強調する。
【「100ミリシーベルト以下の被ばく量では、発がんリスクが増えるという明確な証拠はない」という論理が繰り返されている。】
小出助教は「放影研の1950年からの被爆者の追跡調査のほか、原子力施設の労働者や医療被ばくに関する調査でも、低線量被ばくで発がんリスクがあるという歴然としたデータが出ている」と反論する。
放影研が2012年に発表した追跡調査の報告書では、発がんさせる放射線量について「(これまでの調査からは)しきい値は示されず」とある。「国際放射線防護委員会(ICRP)ですら、低線量でも発がんの可能性があるという立場を取っている」
崎山氏はドイツの放射線専門家マルクス・レイブリッヒ氏らが03年に発表した低線量被ばくの影響についての論文に触れた。論文は、放射線がDNAに複雑な傷を付け、その傷は1.3ミリシーベルトでも付き、放射線量によって増えることを示している。
「放射線は低線量でもエネルギーが大きく、結合を壊してしまう。DNAが損傷すれば、修復ミスが発生し、細胞の突然変異が起きる可能性が出てくる。それががんに結び付く」
【低線量被ばくによるがんは発生割合が低く、たばこや生活習慣などの原因に隠れてしまうという意見も依然として強い。】
崎山氏は「それで放射線が無害ということにはならない。たばこは個人の好みの問題で選択権がある。そうしたことと原発事故で無理やり被ばくさせられることは同様には扱えない。被ばくを受忍しろというのはおかしい」と訴える。
前述の放影研の報告書でも「リスクがゼロは線量がゼロの時以外にない」と結論づけている。「英国やオーストラリアでは10ミリシーベルト以下でも、白血病や脳腫瘍が増えるというデータが発表されている」(崎山氏)
小出助教も「低線量被ばくによる発がんの数は少なく、検知すること自体、難しいかもしれない」と語りながら、「原発事故由来の放射線は本来、受けなくてもいいものだし、発がんリスクもゼロではない。『他のリスクに紛れてしまう』という言葉で済ませてよいわけがない」と説いた。
【それでも政府は「リスクコミュニケーション」で福島の被災民に「安心」を流布している。ただ、事故直後の被ばく量は現在も分かっていない。】
崎山氏は「科学的観点だけから見れば、20ミリシーベルト以下の低線量でも健康への影響を否定することはできない。除染しても線量が下がらない現実があり、経済的な観点も健康影響の判断材料に入れてしまうから、低線量被ばくを軽視することになる」と解説する。
「チェルノブイリは福島より線量が高かったから、がんが発症したという学者もいるが、国や福島県は住民の初期被ばくについては十分に調べなかった。健康に影響がないとすることで、国や県はそのミスを隠したいのではないか」
放射性ヨウ素は半減期が8日間と短く、迅速に調べる必要があった。これについては、政府が実施した1080人分の検査など、ごく限られたデータしかないとされている。
小出助教は「現段階ではどれだけの健康影響があったのかは分からない」と前置きし、こう訴えた。
「(年換算で5.2ミリシーベルト以上になる)放射線管理区域並みの線量の地域で生活するわけにはいかない。しかし、現実には多くの人がこうした環境で生活を強いられている。予防原則を踏まえれば、国家財政が破綻してでも政府が責任を持って避難させるべきだ」
[デスクメモ]
放射線量の基準には一定の数値未満なら安全というしきい値がない。利益と比べ、この程度なら受忍できるという水準しかない。つまり利益がなければ、基準はゼロになる。代替エネルギーや節電を急ぐ理由でもある。しかし、原発をカネもうけや野望に使いたい者はだだをこねる。このたぐいは論外である。
山下俊一トンデモ発言
http://youtu.be/PuwFrNEgDTg
放射線 放射性物質 Q&A 急性症状が出る被ばくとは(福島民報)
http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2014/03/post_9501.html
放射線被ばくによって鼻血などの急性症状が起きることがあると聞いたことがあります。どのくらいの被ばくをするとそのような症状が起こるのでしょうか。東京電力福島第一原発事故ではあり得ますか。
【回答者】県放射線健康リスク管理アドバイザー長崎大教授 高村昇さん
■「しきい値」以上で出現する 県内の一般住民では出ない
放射線被ばくによる急性症状の特徴として、放射線量の「しきい値」が存在していることが挙げられます。つまり、それぞれの急性症状は、「しきい値」と呼ばれる、ある一定の線量を超えない限り、出現しないということがいえます。
例えば、白血球や赤血球、血小板などの血液細胞を作っている骨髄の細胞が500ミリシーベルト以上を一度に被ばくすると、骨髄の細胞数が減少することが知られています。このため、白血球減少による感染症を引き起こしたり、赤血球減少による貧血、あるいは血小板減少によって出血が止まりにくいといった症状が起こることになります。
一方で、500ミリシーベルトを下回るような線量の被ばくによっては、急性症状が起きることはありません。
また、非常に高い線量の放射線を一度に被ばくすると、「急性放射線障害」と呼ばれる、さまざまな症状(脱毛、消化器症状、放射線やけどなど)が起きます。残念ながら現代の最新医療を用いても8000ミリシーベルト(8シーベルト)を超えるような高い線量を一度に被ばくした方を救命するのは、困難とされています。
3年前の東京電力福島第一原発事故以降、現在までに県内に住んでいる一般の方の中で放射線被ばくによる急性症状を起こすような線量を被ばくした方はいません。このため、例えば、県内で子どもが鼻血を出すような症状が見られた場合でも、急性放射線被ばくによる血小板減少で起きた症状とは考えにくいといえます。
内部被曝が問題であるに低線量被曝にすり替える御用学者!
ふざけるのもいい加減にしろ!
(`・ω・´)
必見です
肥田舜太郎医師、
内部被爆の真実・危険とどう向き合うか
http://youtu.be/wzhdFpx_RMQ
■□■□■□■□■□
会見で配布された小保方氏のコメント全文
http://pat.intellectual-info.com/bio-mori/news/13167/
小保方さん問題を武田教授が解説 [ 19 ] STAP事件簿 (1) 2013年正月
http://youtu.be/9u9t077IiqM
STAP事件簿01 2013年正月
http://takedanet.com/2014/04/post_de9f.html
(STAB事件は今、進行中ですが、日本文化(学問、教育、若者)のために大切なことなので、整理をしておきます)
STAP事件簿は、今(2014年4月)からさかのぼること約1年3か月、つまり2013年の正月から始めることとする。
正月明けから理研の発生再生総合研究センター(発生センターと呼ぶ)の首脳部は重要な決定をしようとしていた。それは数か月先、できれば3月か4月までに、STAP細胞についての「理研の特許」と「ネイチャーに掲載されるような論文」を出すことを決めなければならなかったからだ。
「木を見て森を見ず」にならないように、この事件簿ではできるだけ詳細にわたることを避けて、物事の本質に迫りたいと思うので、この会議の細かい発言や人物像はここでは割愛して、先に進む。
国際特許を出しても、論文を出しても、いずれ1年から2年ほどの間に公開されるので、ほぼ同時期に出すのが適当だ。つまり、特許だけにすればお金だけ、論文を出せば名誉だけ、と言うことだから「お金と名誉」の二つが必要な理研としてはどうしても二つは出さなければならない。
しかし、特許の方は「権利を持つのは組織」で「発明者は二の次」であるし、論文はその逆で「名誉を受けるのは個人」で「組織は二の次」である。
また特許というのは、「自然科学」と「社会の法律的権利」というかなり専門領域の違うものを結び付けなければならないので、それをつなぐために、実験担当者(小保方さん?)、上司(笹井さん?)、理研の弁理士(執筆者)で共同して行い、理研の知的所有権の部署にも十分な説明を上司の方からすることになった。
(この事件簿で?がついているのは、公式な発表がないことから確認が取れていないもの、警察の捜査が必要なものなどのものである)
理研以外にSTAP技術の権利を主張するアメリカ・ハーバード大学との提携機関である「ブリガム女性病院」、日本の「東京女子医大」などがあるので、そことの合意を測りながら、国際特許を出願することになった。
理研のデータについては小保方さんを中心とした実験チームが出して、上司と弁理士が説明を受け、弁理士が代筆して第一案を出して来たら、それを理研の発生センターで検討し、合わせて日米の関係先に検討してもらうことになった。
現場はさっそく作業に入り、弁理士が発生センターに来て、実験の様子やデータ、打ち合わせを行い、知的財産部では、アメリカと女子医大との間で、これまでの成果に対する貢献割合を決めて、特許になった時のお金の取り分などの協議に入った。
特許の方が動き始めたとき、小保方さんや上司などの現場サイドはさらに忙しくなった。というのは、特許と論文のデータなどの中身は同じだったが、ネイチャーに論文を出すとすると、どのような構成で行くか、英文の作成、写真や図表の整備などが必要なので、それはそれで並行して現場チームが担当した。
そして、運命の論文が2013年3月10日、旧陸軍記念日にネイチャーに投稿された。論文の表紙には、”Received 10 March 2013” となっている。つまり、論文の原稿が小保方さんからネイチャーに送られて、ネイチャーの担当者が投稿されたことを確認したのが3月10日だったということが分かる。
続いて、2013年4月24日に特許が出願された。正月から3か月、理研や関係機関の多くの人が努力した、「特許と論文」はこうして提出され、発生センター長、知的財産部署長、そしておそらくは理研理事長から「世紀の発見と工業所有権の申請」についてねぎらいの言葉があり、これが理研の今後の「発展」(学問的発展ではないが)に大きな意味を持つことが関係者で確認されたであろう。
そして、5月の連休には一仕事を終わった人たちがしばらくぶりの休みを取り、ゆっくりと骨を休めた。
理研の記者会見で私が不信感を持っているのは、特許と論文がほぼ同時にでてきて内容も同じと考えられるのに、「理研が出した特許」には触れず、「個人が出した論文」だけを問題にしたということです。
普通には「同じな内容の特許を出していて、それは理研が出した(主体者は組織としての理研)ものだから、論文に記載されているのは事実である。」と言うはずだからです。
(平成26年4月6日)
(録音を聴いてみると弁理士のことを弁護士と言っているところがありました。すみません)
小保方さん問題を武田教授が解説 [ 20 ] STAP事件簿 (2) 2013年暮れ
http://youtu.be/Ks0lQTCUobM
STAP事件簿02 2013年暮れ
http://takedanet.com/2014/04/post_6108.html
2013年の5月の連休もあけて、理研は第二段階に入った。
知的財産担当は連休前に提出した国際特許を今後どうするかの協議を続けていた。国際特許はその後、各国の知的財産を申請するのが普通であるが、方法や戦略は多岐にわたる。
とにかく「お金になる特許」と考えられるので、関係先との調整も含めて慎重に進められてきた。理研としても国庫の研究費を獲得したり、理研100年の計にも影響があるこの特許に強い関心を持っていた。
当時の理研の知的財産に関する重要会議の議事録などが公開されることを望む。
現場では、まず小保方さんが毎日のようにネイチャーからくる「査読結果」に追われていた。論文を出すと数か月で最初の審査の結果が来て、普通は2か月以内ぐらいに返事を出す。
査読は、研究の筋から、文章、さらには語句の修正まで多くの指摘があり、写真などの追加、修正、説明などを求められる。
論文は提出された後、思いがけなく「そのまま通る」ということもあるが、もし「ある程度、杜撰な論文」の場合は、少なくとも数回は査読委員とのやり取りがある。かつては郵送だったのでかなりの時間を要したが、最近はメールで片付くので格段に早くなったが、それでも返事を出すのに1か月ぐらいはかかる。
そこで小保方さんは上司とも相談しながら、査読に対応していた。その間、10名ほどの実験部隊は追加データを取ったり、新しい実験に取り組んだりしていただろう。
その努力が報いられて、投降した論文は、ついに10か月後の暮れも押し迫った2013年12月20日に「アクセプト・・・つまり査読を通過して雑誌への掲載が決定される。上のものでは、"Accepted 20 December 2013"となっているところで、日本語では「2013年12月20日 掲載証人」という意味である。」されたのである!!
論文を提出してもそれが「アクセプト」(掲載可)になるかどうかは一つの賭けだから、研究チームも、上司も、理研首脳部も喜んだに相違ない。
またタイミングも2014年の4月に理研の「特定法人」の指定の時期から言って、その前年の12月だから、最善だ。このような経営的な意味を持つ論文や特許は首脳部はその経過を事細かに知っているのが普通である。
また、日本人は欧米のソサイアティーに深く入り込めないので、「論文を出したら、査読に従う」というのが普通だが、アメリカなどでは、雑誌社の関係者に電話して「急ぐから何とかしてほしい」ぐらいの圧力はかける。
今回の論文はハーバードのバカンティ教授も関与しているし、理研も国際的なネットワークを持っているので、ネイチャーとの事前の折衝もあったと考えても良い。
いずれにしても、ネイチャー論文が2014年の一月末に掲載されえることになり、理研もさらに先のことに動き出すことができるようになった。
特許は公開するまで内容を秘密にしておかなければならないので、「記者会見」のような派手なことはできない。しかし論文は掲載されれば直ちに詳細が分かるので、演出もできる。だから「論文掲載の決定」は組織にとっては重要である。
ところで、ここで論文と特許の著者(発明者)を確認しておきたい。論文の著者(横のコピペ)はすでにマスメディアを通じて明らかなように、小保方さんを筆頭にして、若山教授、笹井さんなどが並んでいるが、特許の発明者にはバカンティ教授を筆頭として、小保方さんは一発明者である。(下のコピペ)
いずれにしても2013年暮れ、理研の関係者は「忘年会と祝賀会」を開いて年を越すことになった。
(平成26年4月7日)
小保方さん問題を武田教授が解説 [ 21 ] STAP事件簿 (3) Xデー / 2014年1月28日
http://youtu.be/3e7uDzrIEQc
STAP事件簿03 Xデー
http://takedanet.com/2014/04/post_99d2.html
2014年の正月。STAP細胞の関係者は忙しかった。なにしろネイチャーに掲載されるSTAP論文が1月末に掲載されることが決定されるわけだから、その時期に合わせてなにかの発表をする必要があるからだ。
どうせ発表するなら、できるだけ派手にやる必要がある。少し前なら、重要論文がでて、それが偶然にもマスコミの目に留まったら、研究者のところに記者が押し掛け、研究者が研究室の奥からでてきてはにかみながら記者の質問に答えるということだったが、今は違う。
研究がお金になるという時代、研究成果をどのぐらい派手に宣伝するかが研究費を獲得する上でも大切になる。研究者はそんな能力も求められる時代なのだ。
そこで、1月末までに、
1)誰を中心にして成果を強調するか。実績のある笹井さんか、あるいは若い小保方さんか?
2)笹井さんならお一人でも大丈夫だが、小保方さんとなると、まだ理研に入って数年なので、笹井さん(副センター長で上司)か、若山先生(共同研究者で教授)も同時に出席させることが必要となる。議論があっただろう。
3)議論の結果、「若い小保方さんを中心にしよう」ということになる。
4)広報部か発生センターの発案で、急いで研究室の壁をピンクに塗り、冷蔵庫にムーミンを貼ることが決まる。(この情報は複数個所から来ているもので、理研はこの疑問に答えなければならない。もともと公的財産である理研の研究室の壁を個人が勝手に塗ることはできないし、ムーミンぐらいは許すかも知れないが、漫画の張り紙や決まっている制服(白衣とか作業衣)以外の「割烹着」などを着ることは普通はむつかしい。もしそのようなことがあったら、杜撰か管理体制と言うことになる。
5)記者会見をするなら、NHKをはじめとしたマスメディアにどのように連絡するのが適当か、反響を大きくするために何を準備しなければならないか、広報部と発生センターとの間で、詳しい打ち合わせがあった。(どちらも自由にはできない)。
かくして2014年1月24日ぐらいには、小保方さん、若山先生、笹井さんなどのスケジュール調整、記者会見場所、記事が出てから理研の首脳部のコメント・・・など必要な数10項目について
広報部と発生センターで最終確認が行われた。
かなり大規模な準備だったということは確かである。
そして、いよいよXデーがくる。2014年1月30日だ。この日から4月の初旬に「論文は不正だった」と言う理研の記者会見までのことはすでに多くの人の知るところとなっているので、ポイントとなるテレビの画面などを参考にして思い出したい。
まず、最初の映像は1月30日のNHKの7時のニュースで「大発見」を報じるもので、次の映像は「リケジョ」という名前を付けてNHKが研究者の人物像を表面に出したものだ。佐村河内氏の場合と同じ手法だった。
次に周辺の研究者や先生で、一人は理研の上司の笹井さん。この人は万能細胞関係の研究では日本の有数の方で、36歳で京大教授になり、その後、理研に移っている。世界的な業績を上げている人と言ってよいだろう。
1月30日の記者会見では、笹井さんは、記者会見で、小保方さん―若山先生―笹井さんと並んで座り、時々、小保方さんの答えが不十分と思った時には小保方さんのマイクを取って自分で回答していた。研究に主導的な役割を果たしていたことは、経歴、実力、立場から当然でもある。
また、NHKでは小保方さんの人物像を詳しく報道したが、その一つが早稲田大学で博士号と取得したことだった。この映像は小保方さんの博士課程の指導教員で、後に博士論文疑惑が出てきたが、現在(2014年4月)の時点で、まだマスコミには出てこられないので、論評できないが、早く何らかの形で博士論文審査の時の考えを公表してもらいたいと思う。
ともかく、こうしてSTAP細胞のXデーは「大成功」で終わった。
(注)著作権の判例では、テレビの画像の一部を切り貼りして使うのは、番組自体を激しく攻撃するような場合を除き、著作権(「思想又は感情に基づき創作的に表現したもの」に該当しない。
(平成26年4月7日)
小保方さん問題を武田教授が解説 [ 22 ] STAP事件簿 (4) ネットの人
http://youtu.be/-wPE7CQWM-I
STAP事件簿04 ネットの威力と不思議な現象
http://takedanet.com/2014/04/post_6baa.html
Xデーの後、1か月たたないうちに、STAP論文に対して「火の手」が上がった。そして4月初旬には「論文に不正行為があった」と理研が発表する。このことは「常識」では到底、考えられないことだ。
わずか1か月ほどの間に、STAP細胞の写真、小保方さんの博士論文の第一章の問題などが次々と指摘される。仮に指摘した人が「素人」とすると、驚くべき能力と情報力だ。STAP論文の内容を理解し、写真を見て判断でき、3年前に小保方さんが使った写真を知っていて、さらに博士論文の第一章に使われた文章が、遠くアメリカのネットに出ているものと同じということを指摘したのだから、すごい。
この中でも、コンピュータである程度、突き止められるコピペなどは別にして「不適切な写真」などは普通は専門家でなければわからないからだ。
たとえば私のように生物学も大学時代に専門課程でも学び、学術誌を読んでいる人でも、普通はネイチャーの論文を読み、「へー、こんなことがあるのだな」と思うだけで、そこに示された図が「間違ったもの」ということはわからない。
もちろん、ネイチャーの審査(査読)は厳密であり、かつ専門家中の専門家がやるのだから、それを私が読んでわかるはずもない。それがなぜ「ネットの人」はわかったのだろうか??
また、もう一つの疑問は、小保方さんが「ズルをする人」なら、早稲田大学の友人や先生、理研の仲間が分かっているはずだし、「普通の人」であっても、データを誤魔化すようなことが「集団で仕事をしていてわからない」ということはあり得ない。
NHKのニュースにでた早稲田大学の学生は、「日曜日にも熱心に研究していた」と賛辞を送っている。一連のNHKの放送では、小保方さんの日常が異常だったというものは一つもない。取材が正しく行われたとしたら、その後の取り扱いと全く違う。
大学で学生一人に実験をやらせているときには、「少しおかしいな」と思うことがあるが、2,3人でグループを作っている時にインチキをするということはあり得ないし、できない。
また研究は検討会があり、そこにデータが出てくるので、上司や関係先の人は研究過程ですべてを理解している。もしある時に作為的なことをしたら、つじつまが合わなくなる。なぜつじつまが合わなくなるかと言うと、普段の日常生活のことなら「全体の内容が良く分かっている」からこそゴマ化しもできるが、科学の研究は「次がどうなるか」がわからないので、ウソのつきようがないからだ。
つまり、一緒に研究しているグループの人、上司の人、共同研究の人、理研の人、知的財産担当者、ネイチャーの査読委員、そして私・・・などがすべて理解せずに研究が進み、論文を読んだのに、なぜ「ネットの人」が直ちに論文の欠陥と、普通には見ることができない博士論文を調べることができたのだろうか?
実に不思議である。
(平成26年4月8日)
小保方さん問題を武田教授が解説 [ 23 ] STAP事件簿 (5) 小保方晴子記者会見 / 2014年4月9日
http://youtu.be/bQFo2x2l1PI
STAP事件簿05 小保方さんの記者会見
http://takedanet.com/2014/04/post_1f71.html
驚くべきことに、2014年4月9日、小保方さんが記者会見を行い、「ご迷惑をかけた」と謝った。本来、謝るようなことは必要ないが、社会が勝手に騒ぎ、勝手に批判したのだから、「悪人」がいるとしたら社会だが。
いずれにしても、彼女はやや感情も動いていたが、論旨はしっかりしていた。
科学的事実自身はなにも問題ない、
論文を提出する際の「村の掟」をあまり知らなかった、
STAP細胞の研究をさらに続けたい
今回の論文は現象を示したにすぎず、今後は作成条件などを進めていきたい。
というものだった。
これまで日本社会は何を騒いでいたのだろうか? 「論文の書き方が悪い」からといって科学的進歩自体を破壊してしまうのが日本社会の目的だったのだろうか?
彼女自身が言ったように「研究とは違うことばかり」という感じは私が論文を読み、長い科学研究の経験とまったく同じ感覚だった。
またこの記者会見のなかで、質問する記者が「ネットで」とか「ソサイアティーは」とか曖昧な根拠を示すことが多かった。つまり、「悪人が善人をバッシングする」という「リンチの社会」がまだマスコミの存在やネットによって日本に横行していることを示している。
会見の中で、理研の策謀も明らかになった。理研は審査委員会のメンバーがたった一度、小保方さんのところに言って「ノートはありますか」と聞き、その場にあったノートをもっていった。そして理研の会見では「3年間で2冊しかノートがない」という理由で、研究が杜撰という結論を出した。
理研こそ、悪意を持つ集団の可能性が高い。日本人は権威に弱いので、個人と理研と言う権威が並ぶと、理研が正しいと仮定する悪い癖がある。もともと実験ノートは「研究とお金」が関係している時だけ必要で、本当の学問にはノートは関係ない。
またテレビでは学生が「自分の卒業論文でもコピペは・・・」というようなことを言っていたが、教育と研究を間違ったり、著作権を知らなかったり、村の掟だったりの方を信じているのは情けない。
私が読んだ感じは、「研究はしっかりしているが、論文を書くのに慣れていない」という感じがした。論文を書いた経験が浅いから、不完全なものは仕方がない。なぜ、日本社会はこれほど間違えるのだろうか。
STAP細胞があっても無くても、小保方さんは立派な研究者だ。
(平成26年4月9日)
小保方さん問題を武田教授が解説 [ 25 ] STAP事件簿 (7) STAP論文
http://youtu.be/t9HZtPaugE4
STAP事件簿07 私がSTAP論文を読んでみると・・・
http://takedanet.com/2014/04/post_3b17.html
私がSTAP論文を読んでみると、なかなかの大作で、図表が70枚ぐらいもある有意義で良い論文と言う印象を受けた。英語のレベルも高く、説明も丁寧、引用文献も多からず少なからず、なかなか優れた論文だ。
なにはともあれ、論文を読んでいくと、厳しい環境の中で生き残った細胞が初期化するのだな、そしてそれから生体が誕生する可能性があるということがわかる。それが真実かどうかではなく、著者はそう考えていることが分かる。論文はそれで十分で、真実が示されているわけではない(人間には不可能)。
基礎的な研究もあり、面白くもあり、さらに将来につながる大きな発見の可能性もあるなという感じだった。これならネイチャーの査読委員も掲載するだろう、世界の科学には大きな貢献をすることは明らかだ。
読んでいるとわたしには「間違った写真」というのはわからなかったし(査読委員もわからなかった)、もし2,3枚の写真が違っていても、この論文で示した新事実にはまったく影響はない。
私が日本の学者でこの論文に批判的な意見が理解できないのは、問題になっている論文は立派な論文で、刺激的であるし、かりに今、問題になっているところを修正してもしなくても、結果として示されていることは変わらないから、「科学的事実としてなにが問題なのだろう?」と思う。
たとえば、小保方さんや共著者の笹井さんなどを「再教育」する必要があるという見地からは、「もう少し慎重に論文を書きなさい」という忠告や指導はあり得るが、笹井さんなどは一流の研究者だから、それも失礼なことだ。
あえて言えば、あまりに親切に説明していることが結果的に小さな欠陥を作った感じもする。ベテランの学者なら写真などは半分も出さなかったと思うけれど、やはり若い研究者は(自分もそうだったが)「説明したい」という気持ちがあって、丁寧に写真などを出す傾向がある。
でも、それも問題はない。データを多く出すというのは危険なことだ。ミスも増えるし、基礎的な段階では「相反するデータ」というのが多くあるので、すべてを出すと論旨が通らない。これは「ウソをつく」とか「隠す」と言うことではなく、「相反するデータのある中で、その研究者はどのように考えているか」が分かればよいからである。
もし、すべてのことが分かってから論文を出したら、他の人はSTAP研究をすることすらなくなり(すべてが分かっているから研究にならない)、しかもそれが一人の人の人生の中で終わるかどうかわからない。
記者会見の後、やや心配な議論は「STAP細胞があればOK,なければダメ」という意見が出てきたことだ。いま、問題になっているのは、「論文の書き方に少し欠陥があった」ということであり、「論文自体が間違っていた」ということではない。
また基礎研究段階では、「これまでの事実から、こう考えられる」ということを「正しく」推論しても、後のそれが間違っていることがある。たとえば、地動説でも、ロケットを宇宙に打ち上げて太陽系を見たわけではなく、小さな望遠鏡で星の動きを見て、惑星の動きは計算してみると太陽の周りをまわっていないとつじつまが合わないと言っているだけだ。
でも最初はそれからスタートして、いろいろな観測をみんなでして、次第に新しい発見が完成していく。最初から「正しいかどうか」などを問うたら学問は成立しない。その意味で、STAP細胞は本当か?という質問は科学の進歩にとってきわめて危険である。
(平成26年4月10日)